a captive of prince 第19章:革命 - 6/12

 人々のざわめき、衣擦れの音。華やかな音楽。
 しかし、衣装も貴婦人の髪型も今までなじみのあるものとは違うファッションの紳士淑女が歓談するパーティー会場。
 主賓である麗華は、ただ震えていた。
 こんな、大勢が集まる会に出席した事がない。
 広い会場の最奥。一段高く、誰からも見える雛壇に衛兵と宦官に見守られ(あるいは監視)ながら、今日初めて会った一回りも二回りも年上の花婿と、見せ物よろしく並んでいる。
 この中に、私の気持ちを理解してくれている人物はいるのだろうか。
 私は、明日には人質としてブリタニアに送られる。
 これから先の事を考えると、ただ恐ろしい。
「そんなに緊張しないで。」
 自分の右側から穏やかな声がかけられ、麗華は弾かれたように声の主を見る。
 害意のない声にさえ、びくりと肩を震わせた。
「折角のパーティーだ。楽しまなければもったいないよ。」

 そんなことを言われても、楽しむ余裕など彼女には無い。
 顔を強ばらせる少女に、オデュッセウスは眉尻を下げる。
「───あなたの不安はもっともだ………
 私は、何の取り柄も無いが、若い花嫁を周囲の好奇の目から守るくらいの事は出来る。
 ブリタニアでは、あなたに辛い思いをさせない事を約束するよ。ほんの数日、我慢して欲しい。」
 穏やかな口調の中に強い意志を感じ、麗華は目を見開いた。
 この人は、私を守ると言ってくれている。その言葉を信じていいのだろうか。この結婚が政略である事は百も承知だ。
 だからこそ、この大人の発言がその場しのぎではない事を見極めなければならない。
 会場に、また、招待客の名が高々と読み上げられる。
「ブリタニア帝国宰相、シュナイゼル・エル・ブリタニア殿下。エリア11副総督スザク・エル・ブリタニア殿下。ご来場っ!」
 朱禁城の長い階段をゆっくり上がってくるその人物らの姿が見えると、会場内に一瞬緊張が走り、次いで、どよめきが起きた。
 2人の皇子の同伴者に招待客の目は集中し、ヒソヒソと声が漏れ、さざ波のように広がっていく。
「ほう?」
 オデュッセウスが面白そうな声をあげた。
「弟は、特定の女性を同伴させる事は無かったんだけれどね。」
 麗華も思わず彼らを見る。
 確かに2人ともそれぞれ女性と手を取り合ってやってくる。
 以前神楽耶から見せてもらった画像に映っていた帝国宰相と、今はその弟となっている彼女の従兄だ。
 それを確認すると、麗華は目を背けた。自分の意志を無視したこの婚姻を提案してきたのはブリタニアの方だと聞かされている。
 大宦官に、自国の爵位を与えるというエサで、自分とこの国を買った男の顔など見たくない。
 ささやかな抵抗だ。
 自分にはこの程度の事しか出来ない……両の手に握りこんでいるのは、悔しさと憤り………

 自分は、何故この方の手を取ってこのような華やかな場所に立とうとしているのだろう。
 ニーナ・アインシュタインは、この後に及んでも事態を飲み込めずにいた。
 一年前なら想像もできなかった場所に自分がいる。
 緊張で息が詰まりそうだ。そして、値踏みをするような遠慮のない不躾な視線……
「まあ。女性同伴だなんて、お珍しい。……どこの娘ですの?」
「ほら、殿下の研究チームの責任者。」
「ああ……インヴォーグの……」
 宰相殿下の連れが庶民出の娘だと分かるとその貴族の興味は失せたらしい。ニーナに向けていた、刺すような視線は無くなった。だが、その代わりに今度は侮蔑を込めた冷ややかな視線が情け容赦なく向けられる。
 ああ。やっぱりあの時ご遠慮申し上げれば良かった。私には不釣り合いな場所だったのよ。
 激しい後悔の渦が心に吹き荒れる。
 スザクとともにエリア11で研究をしていたロイド・アスプルンド伯爵に見いだされ、彼の推薦でシュナイゼルという最強の庇護者を得、独自の研究をさらに進めるための人と物資を獲得する事が出来た。だが、そのために要求される代償の中に、殿下のパートナーとして公式の場に出る事まであるとは、考えも及ばなかった。
 いや、まさか自分にそんな事を望まれるとは思いもよらなかった。まさに青天の霹靂だ、
 研究室を訪れたシュナイゼルに「私のパートナーとして朱禁城の結婚披露パーティーに出席してくれるね?」と、いわれた時、あまりの事に頭が真っ白になり「はい。」と答えてしまった。
 視線で殺されそう……一歩進むごとに、彼女の視線は下に向い、ついには足下の赤い段通の色しか見えなくなっていた。
「顔を上げなさい。堂々としていれば良いのだ。」
 隣からかけられる声にはっとする。
「何を恥じる事がある。今、ここにいるのは君の実力の所以だ。言いたい者には言わせておけば良い。私は、相応しいと思うからこそ誘ったのだよ。」
 シュナイゼルの言葉に、ニーナは目を見開いてその整った横顔を見上げる。
「その通りだよ。」
 兄に倣ったのか、自分も研究チームの副主任を同伴させているスザクが声をかけてきた。
「君の発見は世界を変える。素晴らしい科学者と友人になれて、僕もユフィも鼻が高いよ。」
 離宮に幽閉されているユーフェミアも応援してくれている。
 ニーナは、顔を上げ微笑と共に赤い段通の敷物を渡りきった。その先には、学園時代の懐かしい友人の姿もあった。
「ミレイちゃん。」

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