スザクの案内でアヴァロンの艦橋に入ったカレンを出迎えたのは、目もくらむ閃光だった。
「なっなに!?」
驚く彼女の視界に、今度は遥か地上で中華連邦軍の砲台やナイトメアが爆発する明りが飛び込んでくる。
目の前にある大モニターに映し出されているのは、中華と黒の騎士団の布陣を示すマーカーであるが、中華のマーカーがそれこそ一斉に消えていった。
「なにがあったんですか。」
尋ねるスザクに、カノンが面白そうに答える。
「真打のご登場ですわ。」
モニターの画面が切り替わる。
斑鳩の甲板の上には、また新しいナイトメアの姿があった。
その暗紫色のナイトメアに、カレンは納得したように笑みを浮かべる。
「ようこそシュタットフェルト伯爵。いや、今は紅月カレンか。」
「それで正解よ。シュナイゼル宰相殿下。」
一段高い席から声をかけてくるシュナイゼルに、カレンはきびきびとした声で答える。
そして、辺りをぐるりと見回し、へぇ。と感嘆の声を漏らした。
「アヴァロンのブリッジってこうなってるのね。
なんか、軍艦てイメージじゃないわね。」
「斑鳩とは違うだろう。」
スザクの言葉に頷くと、挑戦的な瞳で答えた。
「そうね。斑鳩の艦橋の方が数段格好いいわ。」
「好みの違いだね。」
シュナイゼルが苦笑する。
「ところで、あれがゼロの専用機なのかな。」
「ええ。あれがゼロ専用機『蜃気楼』よ。」
「あの機体の防御システムは、ガウエンのドルイドシステムの流用?」
尋ねてきた人物に、カレンは驚きの声を上げる。
「ニーナ!?」
「カレン、久しぶり。」
「久しぶり……て、どうしてニーナがここに?」
「知らないのぉ?彼女も、シュナイゼル殿下の研究チームのリーダーなんだよ。」
ロイドがクスクス笑いながら言う。
「私が学園でやっていた研究が殿下に認められて……サクラダイトに変わるエネルギーとして研究しているの。」
「そ、そう。」
生徒会には途中から参加した上に、病弱を理由に学校そのものをサボタージュしていたカレンには、ニーナが1人で何かをやっている事は知っていたが、全く興味がなかったため今更ながら驚きだった。
「シュナイゼル様とスザク様から大まかな話は聞いているわ。黒の騎士団とは、ある目的のための協力関係だって。」
ニーナの言葉に、真剣に頷く。
「ニーナは、私たちの味方なのね。」
「ゼロは嫌いよ。ユーフェミア様を穢したから。
でも、陛下の研究を隠す為に仕組まれた戦争を止める事が出来るのは、シュナイゼル様とゼロしかいないと思う。」
それで……
「あのナイトメアの防御システムの話だけれど……」
話を戻すニーナの瞳は、科学者としての純粋な興味と探究心でキラキラしている。
こんなに生き生きとした彼女を学園では見かけた事がないカレンは、その勢いに戸惑い慌てて質問に答えた。
「え…ええ。前に私とゼロがブリタニアから奪った大きなナイトメアの分析システムを使ったって、開発担当者から聞いたわ。
蜃気楼の『絶対守護領域』は、世界最高峰なのよ。」
我が事のように自慢するカレンに、その場にいるもう1人の科学者は苦笑する。
きっと斑鳩の中にいる開発担当者も鼻高々で自慢している事だろう。
ガウェンは、その情報解析と操縦を1人のパイロットが行うにはあまりにも負担があるため、2人乗りで攻撃と防御・情報分析を行う設計にしか出来なかった。
さらに付け加えるなら、その優れた解析システムを使いこなせる人物が見つからず、実戦配備にまで辿り着かなかった。
シュナイゼルの研究チームの産物にはこういった日陰のまま埋もれている代物が多数ある。
ロイドが「最高傑作」と自賛しているランスロットでさえ、スザクが現れなければ開発費の無駄使いになっていたかもしれないのだ。
そういった事を考えれば、使いあぐねていたナイトメアを拾って再利用してくれた黒の騎士団に礼を言った方が良いのだろうか。
ドルイドシステムをこれほどまでに活かせる人材が、よもや打倒ブリタニアを掲げるテロリストだとは、何とも皮肉な話だ。
「何かおかしいねぇ……」
シュナイゼルが、ぼそりと呟く。
「ゼロは、何故このタイミングで出てきたと思う。」
「何か仕掛けるつもりなのでは……」
カノンがその言葉を受けて答えた時であった。
戦況は一気に黒の騎士団に傾いた。
大宦官やブリタニアが思いもつかなかった強力な援軍が現れたのだ。
それは、大宦官がこれまで顧みる事のなかった存在。だが、どんな強力な軍隊にも勝る存在。
かつて、エリア11でも起こった人民の一斉蜂起。それが、広い国土を誇る中華連邦主要都市で同時多発的に起きたのだ。
「こ、これは……」
「こんなタイミングで反乱だなんて……」
ニーナが茫然として呟く。
「ゼロと大宦官の会話が流されたようですね。」
セシルがシュナイゼルに促され傍受した映像を映し出す。
勝利を確信し、奢った大宦官が天子と人民を見下した発言音声と爆風に晒される天子の姿があった。その悪辣な声が戦火に怯え耐える彼女を、より哀れに感じさせる。
「だとしても、この動きは早すぎますね。」
カノンの言葉に、シュナイゼルはくすりと笑う。
「既に存在している計画を利用したとしたら?」
その言葉にカノンは目を見開き、スザクは笑いを押し殺す。
ここが潮時と、シュナイゼルは撤退の指示を出した。
「国とは、領土でも体勢でもない。『人』だよ。
人民の支持を得られなくなった大宦官に、中華を代表して我が国に入る資格はない。」
「………そうですね。」
圧倒的な数で黒の騎士団を脅かしていた中華連邦軍は、いまや総攻撃に打って出た黒の騎士団の前に次々と攻略されている。
そのありさまに、スザクは古い文献の一節を思い出していた。
────奢れる人も久しからず
只春の夜の夢のごとし────
だんだんと小さくなって行く地上に、慌てたのはカレンであった。
この戦闘に乗じて黒の騎士団に戻されると信じていたからだ。
「ちょっとっ。私はどうなるの?
まさか。このままブリタニアに帰るつもりじゃないでしょうね。」
「ああ………」
シュナイゼルは、今気がついたような顔をし、首を傾げる。
「さて、どうしたものか。貴女が自分は紅月カレンだと言っている以上、我々の捕虜という事になるが……」
「このまま返さないつもり?」
カレンの瞳に獰猛な光が宿る。
「黒の騎士団に打診してくれるかな。捕虜の返還交渉に応じる用意があると。」
「僕が、ですか?」
兄の視線にスザクは思わず問い返す。
「捕虜の返還を申し出るのであれば応じると。
その際の交渉人の中に皇神楽耶殿は必ず入る事がこちらの条件だ。
チェスとアフタヌーンティーでお迎えしようじゃないか。」
あっけにとられるスザクとカレンを他所に、得意のアルカイックスマイルを浮かべるシュナイゼルであった。
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