「殿下。失礼します。
声をかけ入室したジノは、応接セットのテーブルに足を投げ出して座るスザクに眉根を寄せた。
確かにここは彼の部屋で、どのように寛ごうが本人の自由ではあるが、作戦行動中にこのような事をするような人物ではなかった。
近づいてみると、眠っているのか目は閉じられている。
足下のテーブルの上には、空のソーサーとこぼれた紅茶……テーブルの下の絨毯に出来たシミに、ジノの表情は困惑を深めた。
らしくない………ジノの知るスザク・エル・ブリタニアという人物は、どんな状況でも隙無く、皇子然としていた。兄のシュナイゼルを手本に、彼の足手まといにならないようにと、常に己を律してきていたはずなのだ。
ジノは小さく息を吐くと、テーブルに放置されているソーサーを取ろうと手を伸ばした。
「───ジノか………?」
眠っているのかと思われた目を薄く開き、少し掠れた声でスザクが確認する。
ジノは、伸ばしかけた手を止め姿勢を正した。
「失礼しました。お休みなのかと………」
「2人きりの時は自然体でいいよ。───作戦は終了か?」
「ああ………」
のろのろとおっくうそうに、投げ出していた足を下ろし座り直す様を見るジノの表情に、スザクは苦笑する。
「悪いな。だらしなくて……実は、かなり疲れていて………」
「いや……誰か来ていたのか?」
スザクが座っている側にもカップがある事に気かついたジノが問いかける。スザクは、引きつった笑みを浮かべた。
「うん。……亡霊とお茶していた。」
「……え?」
唖然としてスザクを見る。
「今日こそ始末してやろうと思っていたんだが……失敗してさ……」
乾いた笑い声を上げる自分を凝視している友人に、情けない顔を向ける。
「そんな顔で見ないでくれよ。大丈夫、気が触れた訳じゃない。」
その方がどんなに楽だろうと呟くと、スザクは姿勢を正してジノがよく知る、いつもの表情を見せる。
「報告を聞こうか。」
常と代わらぬ顔が見られた事に安堵し、ジノは表情を和らげた。
「ああ。EU軍は全て潰した。軍司令から降伏の申し出があったが無視した。生き残ったものは、散り散りに逃走して行ったよ。追撃の指示は出していない。そもそもが、国境線を押し上げるのが目的の作戦だったはずだ。」
「作戦目標はその通りだ。我々は殺戮者ではない。目的が達せられれば、無為な戦闘は人と金の無駄使いだ。」
スザクが、自分の判断を指示した事にジノは安堵した。
敵対勢力から、スザクが通った後は草木も生えぬ焦土と化す。ブリタニアの死神と恐れられるほどになった彼が、彼らの言う通り殺戮を好む人非人ではないのだと実感できた事が嬉しい。
ジノは、あのブラックリベリオンでスザクに託された願いを叶えられなかった事を、今も悔やんでいる。
ルルーシュを助け、自由にする………それがスザクの願いだった。
しかし、ルルーシュは突如現れたナイトオブワンに奪われ、救出も叶わないまま皇帝の命により、テロリスト・ゼロとして処刑されてしまった。
まさか、実子を殺す事はないと淡い期待を持っていた彼らは、その訃報に愕然とした。
それ以来、スザクは変わってしまった……表情は冷徹と思えるほど暗く乏しくなり、時折、何かに怯えるような素振りも見せるようになった。
全ては、ルルーシュを救えなかった事が原因なのだ。
スザクは、仕方のない事だったのだと泣き腫らした目でそう語った。
「ルルーシュも、捕まればこうなる事は覚悟していたはずだ。
でなければ、自分の軍隊を作って故国と闘おうとはしない。彼は、自分のした事に後悔はしていないだろう。」
「だが……お前は……?」
問いかけに、スザクは寂しげに笑うだけだった。
「ジノ?」
黙りこくったジノを訝るスザクに、慌てて返事をする。
「あ…ああ。すまない。」
「本国への報告は?」
「済ませてある。宰相府が、外交ルートでEUと講和交渉に入る手はずになっている。」
「そうか。───戦闘に巻き込まれた町はどのくらいあったのかな。」
「戦闘は広範囲に及んだが、元々長期にわたって紛争を繰り返していた場所だ。殆どが、安全な地域に移住している。あっても、住民が500人にも満たない集落が2,3カ所だ。」
「それでも、1,500人は被災した事になる。彼らの支援は早急に手当てしなくてはならない。EUが動く前に住民意識を変えさせないと、後の災いの種になりかねない。」
「ああ。支援のための部隊編成に入っている。」
「指揮は誰が?」
「アーニャだ。」
「そうか。」
スザクは満足そうに笑みを浮かべた。
「彼女なら心配ないな。外交交渉までの準備と平定作業は、ジノとアーニャに任せてもいいか?ブラッドリー卿は、僕と一緒に帰還させるから。」
「ああ。入れ違いでシュナイゼル様がこちらへいらっしゃるのか?」
「うん。そうなると思う。作戦成功の報告がされたとなると、一両日中に迎えが来るはずだから。」
「陛下のか?また、戦勝祝いのパーティーを派手になさるんだろうな。」
苦笑するジノに、スザクは肩をすくめる。
「しかし、今まで放ったらかしにしていたかと思えば、急に公表だものな。
養子だと発表したらしたで、今度はベタベタに可愛がるんだから……陛下は、本当に変わった方だな。」
「───可愛がる………?」
「そうだろう。陛下は、このところスザクばかりをご寵愛だと宮中の噂だ。陛下直々のご命令での遠征は、これでもう5回目だろう。
成果を挙げれば勿論、挙げられなくても慰労のためのパーティーを催される。こんな事は、シュナイゼル様もしてもらった事はないそうじゃないか。
まるで、ご自分がどれだけスザクの事を大事に思っているのか見せびらかしているようだと、あちこちから羨む声が聞こえてくるぞ。」
「そうか………」
スザクは、冷ややかな笑みを浮かべる。
「───違うのか………?」
「可愛がるというよりは……あれは、僕が逃げ出さないように見張っているんだよ。
常に手元に置いて、がんじがらめにしようとしている………」
「何故?」
スザクの言葉に、ジノは緩ませていた顔を強ばらせる。
「さあ……あの方の考える事は、凡人の僕には理解できないよ。
ただ、これだけは言える。父上が、純粋な愛情で僕を気に掛けている訳ではない……という事はね。」
皮肉げな笑みで自分を見るスザクに、ジノはどう答えていいのか分からずにいた。
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