a captive of prince Interval:a.t.b.2018.4 - 2/12

 艦橋から自室に戻ったスザクは、そこに招かねざる客を見つけ、眉をしかめた。
が、それは一瞬の事で、すぐに穏やかな顔をする。
 部屋の中央に置かれた応接セットのソファにちょこんと座り、テーブルの上にもられた焼き菓子を頬張る子供がいる。
「お帰り。スザク。」
 口の周りを菓子の粉だらけにし、入って来たスザクに目を細めるその子供を呆れたような笑みで見る。
「V.V.来ていたんだ。」
「うん。あ、お菓子頂いているよ。これ、僕の大好物だって知ってて用意してくれていたの?」
「いや。たまたま……君が来るなんて聞いてないから。
 いつも突然じゃないか。」
 スザクの答えに、子供は微笑する。
「そりゃあそうさ。抜き打ちじゃないと意味がないからね。
 君が、シャルルの言いつけを守っているかの監視なんだから。」
 子供の細められた目が、ねめつける。
「そんな風に見張っていなくても、父上のご命令は守っているよ。」
「うん、そうらしいね。今回もきっちり殲滅させたようだし。」
 満足そうに微笑むと、V.V.はまた1つ菓子を頬張った。
「……ずいぶん食べたね。僕の分も残しておいてくれよ。
 紅茶。ダージリンでいいかな。」
 簡易キッチンで、紅茶の用意をしながら尋ねる。
「ダージリンより、アッサムの方がいい。」
「了解。」
 リクエスト通り、アッサムの茶葉をティーポットに入れ湯を注ぐ。
 温めたカップと共にテーブルに運ぶと、程よく出た紅茶をそれぞれのカップに注いだ。
 芳しい香が室内に溢れる。
「相変わらず、スザクは紅茶を淹れるのが上手だね。」
 カップから立ち上る香に頬を緩め、V.V.が褒める。
「ありがとう。子供の頃に教わったんだ。」
「ふーん。誰に?」
 意地の悪い笑みに肩をすくめる。
「内緒。君には関係ない人だよ。」
「ま、別に誰でもいいけれどね。」
 2人揃ってカップに口をつける。一口紅茶を口に含んだ時………
 子供が突然苦しげに、うめき声を上げた。
 大きな音を立ててカップが倒れ、V.V.は口を押さえながらソファから転げ落ちた。
「V.V.?」
 彼の異変を目の当たりにしながら、スザクは存外冷静だった。
「大丈夫?気持ち悪いの?」
 苦しげに頷く子供を抱え、トイレへ運ぶ。しゃがみ込んで嘔吐する背中をさすってやりながら、スザクは言った。
「あんなにたくさん食べるから。胸やけでもしたかな。」
「ち……違う……これはっ……!」
 さらに大きく呻く子供の口から血が溢れ出した。
 七転八倒して苦しむ子供をスザクは再び抱え上げ、バスルームに放り投げるとドアを閉める。
 戦艦の居住スペースのものとは思えぬ豪奢な浴室に、子供の断末魔が響く。扉の磨りガラスに、べっとりと手形が付いた。
 それに僅かに顔をしかめると、スザクは掃除用具入れを開け、トイレを掃除し始めるのだった。
 V.V.が吐き出したものを流し、汚れた壁や床、便器を丁寧に拭き取る。痕跡を全て消すと、リビングから先ほどの菓子を持ってき、それも便器に流した。
「さて………」
 と、小さく息を吐くとバスレームのドアを開ける。
「酷いよ。スザク。」
 血まみれで自分を恨めしげに見上げてくるその姿に、スザクは顔を引きつらせる。
「苦しんでいる僕をこんな所に放り込んで。」
「ごめん。部屋を血だらけにされたら後が面倒で………」
「いくら僕が死なないからって……それでも、心臓が止まるまではすごく苦しいんだよ。」
 ぶつぶつ文句を言うV.V.を宥めながら、スザクはシャワーの取手に手をかける。
「とにかくその体を綺麗にしないと……」
「もういいよ。顔と手だけ洗わせて。」
「じゃあ。僕が拭いてあげるよ。」
 スザクは、タオルを湯で濡らすと、それでV.V.の顔と手の汚れを拭ってやる。
「それにしても酷いな。あの菓子に毒が仕込まれていたんだ。」
「そうみたいだね。君が殆ど食べてくれたおかげで助かったよ。」
「やっぱり、君が狙われたのかな。」
「そうしか考えられないじゃないか。ここは、僕の部屋なんだから。」
「そう…だよね。僕がここに来る事を知っている人間なんていないし。
 毒を食べたのが僕で良かったよ。スザクに何も無くて。」
 手を止め、V.V.の顔を驚いたように見つめると、柔らかな笑みを浮かべる。
「……そう、言ってくれるんだ。」
「当たり前じゃないか。君は、僕たちの計画に欠かせない人材なんだから。こんな訳の解らない事で死んでもらっちゃ困るからね。」
「心配しなくても、僕はそう簡単に死にはしないよ。
 ルルーシュの遺したギアスのおかげで、どんな状況であっても生きようとするから。」
「本人の意思におかまいなくね。」
 子供がクスリと笑う。
「ねえ。スザク。これだけは忘れないでね。君は、僕らにとって重要で大切な存在なんだ。だから、どんな事からも君を護る。
 だけど、君が僕らを裏切ったりしたら……
 親の言う事を聞かない子供は、お仕置きされるんだよ。ルルーシュのようにね。」
 V.V.が禍々しい笑みを向ける。スザクは、びくりと肩を震わせると顔をしかめた。
「ああ。───わかっている。」
「じゃあ。僕はもう帰るよ。きれいにしてくれてありがとう。」
 礼を告げると、スザクの脇を通ってリビングの方へ歩いて行く。後ろを振り返るが、その姿はもうどこにもなかった。
「───本当に、亡霊のようだな………」
 舌打ちしながら呟くと、V.V.の血で汚れた浴室を洗い流し始めた。
 こちらも、何事もなかったかのように綺麗にすると、今度はキッチンに向う。
 冷蔵庫を開け、中からビニール袋を取り出した。その中には、先ほどV.V.が食べていた焼き菓子がかなりの量入っている。
 調理台に置くと、空いたワインのボトルを使って袋の上から叩き潰す。粉々になった菓子を、先ほど同様にトイレに流した。
「………やはり、毒でも死なないか。あいつを始末するには、殺す意外の方法を考えないと駄目だ………」
 ビニール袋をキッチンのゴミ箱に捨て、大きく息を吐くと、ソファにドザリと腰を下ろす。
 ふと、テーブルを見ると、V.V.が倒したティーカップがそのままになっており、こぼれた紅茶が絨毯にシミを作っていた。
 スザクは、舌打ちし、カップを鷲掴みにするとキッチンに向って投げつける。軽い音を立ててくだけ散った。
 再びソファに体を預けたスザクは、テーブルの上に足を投げ出すと天井を向いて目を閉じるのだった。

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