明け方見た光のあった地点に、誰かいるかもしれない。
そう判断して捕らえたカレンを従えて山を登ってきたスザクは、後ろを歩く少女の歩みが遅くなっている事に声をかけた。
ちょうど、周りに生い茂る樹木や草が途切れ、休憩できそうな空間があるのが見える。
「カレン、疲れているみたいだね。一休みしてもいいけど。」
「余計なお世話。」
気の強い彼女は、スザクの提案をキッパリと却下する。
登り詰めた空間は、そこだけ巨大な岩盤がむき出しになっていた。
後から来るカレンに気を配っていると、背後から薮をかき分ける音がしたかと思うと、愛らしい少女の声が自分の名を呼んだ。
「スザクっ!」
「ユフィ!?」
驚いて彼女を見るスザクの前に、黒い影が躍り出る。
ユーフェミアの腕を掴み、懐から出した銃をその首筋に押し当てている。
「動くな。彼女は私の捕虜だ。」
「ゼロ!?」
「そこにいる私の部下を返してもらおう。人質交換だ。」
「ゼロっ。お前はまた!」
叫んだスザクが一歩前に出ようとすると、ゼロが鋭く声を上げる。
「動くなっ!」
「っ!!」
「フフ……どうする?ブリタニアの国是に乗っ取り、皇女を見捨ててテロリストを排除するか?」
揶揄するような問いかけにスザクが躊躇した瞬間。背後からカレンが自力で拘束を解き、自らを捕らえていた戒めでスザクを捕らえた。
「くっ…カレン……!」
それを見たユーフェミアが叫んだ。
「おやめなさいっ!」
「黙ってな。お人形の皇女様!1人じゃ何も出来なくせにっ。」
「なっ!」
カレンのひと言にカチンと来たユーフェミアが声を上げる。
「スザク。私の事は気にせず闘って下さい!」
「皇女殿下。」
あまりの事に、思わずゼロが窘める。
皇女の意外な気の強さに、カレンの意識が一瞬スザクから彼女へ向ったときを、彼は逃さなかった。
体を沈めてカレンの腕を振りほどき、ゼロとユーフェミアの間に割って入る。
「ちぃっ!」
ゼロがユーフェミアを離すとすぐに自分背に彼女を隠す。
距離を取ったゼロの側には、カレンが駆け寄った。
2組の男女が睨み合う中、突如それは起こった。
彼らの足下の地面が、ガクンと大きく揺れた。
そして、ルルーシュは左目に異様な圧迫を感じて呻いた。今まで経験した事のない痛みだ。
ギアスを持つ眼にくっきりと紅い紋章が浮かび上がっている。それは、彼らの足下にも出現した。
ギアスの紋章を持つその岩盤は、彼らを乗せたままゆっくりと降下していった。
その時、スザクは自分の身の上に起こった事が理解できなかった。
激しい衝撃が、外部からではなく内側…精神に襲いかかってくる。
それは、ナリタで感じたものとはまた異質のものだ。
何かが否応もなく“なか”に入り込んでくる。見た事もない光景。見知らぬ人々。身に着けている装束も自分の知る物ではない。
自分の中を様々なものが…人が…思考が駆け抜けていく。
声を上げようにも、金縛りにあったように何も出てこない。
目の焦点も定まらない……自分は今“何”を見ているのだ。
耳元で微かに自分を呼ぶ声がするが、それにも答えられなかった。
スザクがようやく意識を取り戻したとき、全てが終わっていた。
洞窟の入り口に向って走り出る巨大なナイトメア。それを迎え撃とうと立ちふさがったサザーランド数機に巨大ナイトメアが向っていくと思うと、それらの上を飛び越え空へ飛び去って行く。
後には、ゼロの高らかな笑い声だけが響いた。
「ああ。ガウェンが…!我らのガウェンが……」
シュナイゼルに随行してきたバトレー将軍が、大柄の体を転がすように外へ駆け出し、嘆きの声を上げる。
その後ろをゆっくりと歩きながら、シュナイゼルは部下を慰めた。
「好事魔多しとも言う。君のせいではないよ。」
「し…しかし、殿下……」
「あの状況ではしようもない。
しかし──彼がゼロか……まさかこんなところで直接顔を合わせる事になるとはね……」
ガウェンの飛び去った先を見るが、すぐに後ろを振り返って思わぬ再会を果たした弟妹に微笑む。
「それよりも、今は2人の無事を祝おう。」
ユ-フェミアに付き添われ、茫然自失の状態でシュナイゼルの元へ進み出たスザクは、その淡い紫色の瞳が優しく細められると、我に返って顔を背け立ち尽くした。
「お兄様。」
先に駆け寄ったユーフェミアに、兄は優しく声をかける。
「ユフィ。遅くなってすまなかった。」
「すみません。お兄様にもご心配をおかけしました。」
「いや。今回の一件は私に責任がある。2人にはどれほど謝っても償いきれないよ……スザク……」
兄の口から自分の名が優しく紡がれると、スザクは肩を振るわせゆっくりとシュナイゼルへ顔を向けた。
その表情に明らかな戸惑いと怯えを察し、シュナイゼルは眉根を寄せる。
「スザク……す……」
すまなかったと謝る前に、スザクが腰を折った。
「申し訳ありません。国家の大罪人を抹殺する機会を棒に振りました。ゼロを目の前に、捕らえる事も出来ず……ご…ご命令の遂行も……っ!」
全て言い終わらぬうちに、スザクは胸ぐらを掴まれ顔を上げさせられた。
次の瞬間、自分の左頬が乾いた音で鳴り、熱くなるのを感じた。
「シュナイゼルお兄様っ!」
ユーフェミアが悲鳴を上げる。
「私が何を命じた!私が、お前に何をしろと言ったというのだ!」
「そ…それは……」
スザクの大きな翡翠の瞳が哀しみに曇る。
「どこの世界に、愛する弟に“死ね”と命じる兄がいると思うのだ。
私を見損なうなっ!」
「あ……っ」
シュナイゼルの怒りに涙が溢れた。悲しくて出たのではない。嬉しさから出た涙だった。
怖かった…とてつもなく……ゼロと死ぬはずだった自分が今ここにいる事に兄が落胆していたら……駒にすらなれなかった自分をどう思うかと。
それが、まさか…自分が死のうとした事を怒ってくれるとは思わなかった。また「愛している」と言ってくれるとは……思わなかった。
「す…すみま…せん……うっ……くっ………」
後はもう言葉にならなかった。
嬉しくて…兄が自分を見捨てたと思った事が申し訳なくて……
兄さんが怒るのも当然だ。……この人の愛を…僕は…信じきれてなかった。
「スザク…すまなかった……腫れてしまったね……」
シュナイゼルが、手袋を外し左頬に触れる。少しひんやりとした感触が心地よかった。
スザクは、そのまま兄の胸に飛びついて泣いた。
声を上げて、まるで子供のように…泣きじゃくった。
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