「アハ。これはこれは~。」
特別派遣嚮導技術部所属ロイド・アスプルンド少佐は、目の前にある物を見上げて素っ頓狂な声を上げた。
彼の前には、むき出しの地層と明らかに人工的に創られたと思われる両開きの巨大な扉があった。
扉の中央に描かれた幾何学模様が、持ち込んだサーチライトに照らされて踊っている。
「見なかった事にしたくなるような、正真正銘のオカルトですねえ。」
式根島でロイド達と合流したシュナイゼルの本来の目的地はここだった。軍の資料によるとこの島の名は「神根島」と言うらしい。
元々無人島だったこの島に近年軍によって、この遺跡が発見されたのだ。
「殿下は、この遺跡を調べるのがそもそもの目的だったんですね。」
「ああ。父君もこの手のものにご執心でね。及ばずながら、私もそのお手伝いが出来ないものかと…こういう事はクロヴィスが得意だったんだけどね。」
「しかし、困りましたね。こういうのは僕の専門じゃないですよ。
古代文明。しかも、超なんてつきそうな代物は。」
「まあそう言わずに。今日のところは調査だけだし。それに、あのシステムの調整も兼ねてとしておいてくれないかな。」
そう言って、この洞窟の天井に頭がつきそうな巨大なナイトメアフレームに目をやる。
「ドルイド・システムですか。理論はまだ完璧ではないと思いますけどね。」
ロイドはあまり乗り気ではない口調で答える。
「それよりも、スザクくんを探しにいきたいんじゃないんですか。」
悪戯っぽく言うロイドに肩をすくめる。
「勿論部下に探させているよ。島中くまなくね。君が、あの発信器をつけてくれていて助かった。」
「すぐ壊れちゃったみたいですけどね。一瞬でも電波をキャッチできて良かったですよ。」
調査のための準備をしながら、しみじみ言う。
スザクのパイロットスーツにつけた発信器から出された電波を捕らえる事が出来、それが、ここ神根島から出ている事が解った時、その場にいた全員が歓声を上げた。
オペレーターのセシルは、誰よりも先に涙を流して喜んでいた。
シュナイゼルが、誰にも解りやすく安堵の表情を浮かべているのを、ロイドは不謹慎にも面白いものを見たとほくそ笑んだものだ。
「──しかし、あの攻撃命令の事、スザクくんには何と言い訳するんですか。」
ロイドの意地の悪い質問には、常と変わらぬ考えの読めない表情で軽くいなす。
「言い訳などしないよ。見つかったら、謝って抱きしめるだけさ。」
スザクなら、それで解ってくれるはずだと笑みを浮かべるシュナイゼルに、ああそうですかと答えただけで、黙々と機材の準備に戻っていた。
「捜索隊かもしれないな。確認してから、その後の対応を決めよう。」
明け方、海岸の向こうの山の上に星とは明らかに違う光を見つけたルルーシュは、ユーフェミアと共にその場に向う事にした。
「対応……」
ルルーシュのあとについて林を歩いていたユーフェミアが、その言葉を反覆する。
「お互い、譲れない立場があるだろう。」
「……そう…ですね。」
ルルーシュの言葉に含まれた意味を悟り、ユーフェミアは目を伏せた。
昨晩一緒に過ごして、ルルーシュが自分の知っている頃と変わっていない事を知り嬉しかった。
と同時に、ルルーシュと自分の生きる道が全く離れてしまった現実に落胆していた。
テロリストで皇族殺し……半分だけとはいえ、実の兄をその手で殺したルルーシュの恨みの強さと、ブリタニアという強大な国に戦いを挑んだ覚悟を思うと、結局彼らに何の手も差し伸べる事の出来なかった自分が何をすべきなのか、考えれば考えるほど解らなくなり、ただ悲しさだけがこみ上げてくる。
「確かこの辺りのはずだったと思うのだが……」
言いながら、ルルーシュは慎重に辺りを伺っている。
ユーフェミアはその背中に、ぽつりと語りかけた。
「ルルーシュ。」
「ん?」
「捜索隊がいたら…終わりなのですか。この時間も……」
ルルーシュが振り返って彼女を見る。やがてルルーシュは、肩の力を抜いて話しかけてきた。
「仕方ないさ。」
「でも……」
「大体、姫のお供がこんな頼りない騎士では、食事すらままならないだろ。」
ルルーシュがおどけて言うのに、硬かったユーフェミアの表情に柔らかさが戻った。
「それに、君の補佐役はあいつのようだから……」
あいつ──。スザクの事だと分かる……その時ユーフェミアはルルーシュ…ゼロがスザクに呼びかけたときの事思い出した。
通信傍受を妨げるジャミングをかけてなお、スザクをナイトメアから出させて、2人の会話を敵ばかりか仲間にも聞かせないように注意して、ルルーシュはスザクに何を話したのだろう。
だが、ゼロがルルーシュである以上、彼がスザクに何を求めたのかは容易に想像がつく。
「ルルーシュ。スザクをブリタニアから出したいのですか。」
その問いに、彼は顔をしかめ吐き捨てるように答える。
「当然だ。あいつのいるべき場所はブリタニアではない!」
「私もそう思います。」
ユーフェミアの言葉に、ルルーシュの顔がさらに険しくなる。
「でも…私は、スザクにずっとブリタニアにいて欲しい……
お父様が何故スザクを引き取ったのか私にも…いいえ、お父様以外誰にも解らない事ですが、その事がスザクをとても傷つけたのは解ります。
ブリタニアに来たばかりの頃、スザクはとてもかたくなで…誰も近づけようとはしなかった…でも、唯一心を開いたのがシュナイゼルお兄様でした。
日本からスザクを連れ帰ったお兄様は、お父様に無理を言って自分から引き取ったそうです。」
「シュナイゼル兄上が、自ら……?」
「ね。びっくりでしょう?あのシュナイゼルお兄様が…ですよ?
言葉遣いも態度もお優しいけれど、およそ他人には興味がなかったあの方が、スザクだけはどうしても手元に置きたい、自分の身内として育てたいとお父様にお願いしたそうです。
コーネリアお姉様に聞いて、本当に驚きました。」
ルルーシュも信じられないという表情で、ユーフェミアを見る。
ルルーシュの知るシュナイゼル・エル・ブリタニアという兄は、白の皇子と異名を持つ程優秀な人物だが、決して自分の感情を表に出す事はなく、かつ、容赦のない人物だった。
言葉遣いや行動こそ穏やかだが、人としての温かみには欠ける人物で、人でも物でも何かに執着している様子など見た事はなかった。
その彼が、スザクにだけは執着したというのか。
「スザクのおかげで、お兄様は変わりましたわ。言葉だけでなく、人の気持ちを解って下さるお優しい方になりました。
スザクが来るまでは、同じ皇位を狙うライバルとして一線を引いてなかなか打ち解ける事のなかったお兄様お姉様が、頻繁に会って話をして…とても楽しそうにしていらっしゃるのです。スザクのおかげで、私達はやっと本当の兄妹になれたの。
お兄様はとても大事にしているのです…スザクの事。それに、スザクも……
だからお願い。あの2人を無理矢理引き離すような事はして欲しくないのです。スザクを失ったら、シュナイゼルお兄様は元のお兄様に戻ってしまう……いいえ…もっと冷たい方になってしまうかもしれない……」
お願いします。と、懇願するユーフェミアに、ルルーシュは少し目を伏せた。
「──わかった。無理に引き離す事はしない……スザクが自分から日本に戻るというまで待とう。だが…ブリタニア国内で、スザクの立場が危ういのも事実だろう。」
伏せていた目を見開き、自分を見据えるアメジストにユーフェミアは言葉をつまらせた。
「そ…それは…そうですけれど……シュナイゼルお兄様が宰相になられてからは、スザクの周りも少しは静かになりましたわ。」
「静かに…ね。宰相の子飼と認識され、軍でもそうそうに昇進という事かな。」
「子飼だなんて…お兄様はスザクの事をそんな風には……」
「だったら何故、ゼロとスザクを一緒に攻撃させた。
あれは、シュナイゼルが命令した事だろ。スザクが“兄”と慕っている。」
「それは…きっとお兄様にお考えがあっての事だと思います。
お兄様のお立場では…どんなにスザクをかばいたくても出来ないときもありますから……」
「そうか。」
ルルーシュが忌々しげに、行く手を遮る木の枝を払う。
バサリと大きな音で枝が震え、ユーフェミアもルルーシュの態度に怒りを感じ肩を振るわせた。
だが、それがスザクを護りきれない兄妹達へのものである事を察したユーフェミアは、表情を明るくした。
「ルルーシュは、今でもスザクの事を友達だと思っているのね。」
ポロリと一人言のように口をついて出てきた言葉に、ルルーシュは気まずそうに顔を背ける。
そのまま黙って先を歩くルルーシュの背中に、小さくつぶやいた。
「スザクも、貴方達の事をずっと思っていたのですよ……」
私達もそうなのだとは言えなかった。
ルルーシュからナナリー名義で届く手紙の中に、必ず登場する枢木スザク少年……彼とルルーシュの友情は本物だった。
その事実に、2人のために何も出来ないばかりか、ルルーシュとナナリーを探す努力も怠ってきた自分たちに、何か言う権利もないと痛感していた。
でも…この2人がもう一度ルルーシュとスザクとして再会できたら…何とかなるのではないか……
ユーフェミアは一筋の光明を見いだしたような心地がしていた。
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