川に入って素手で魚を捕まえるスザクに、カレンは感心の声を上げる。
「へえ。ずいぶん器用ね。皇子のくせに。」
「──変わった褒め言葉だね。今は確かに皇子だけれど、昔はそうじゃなかったから……子供の頃は川遊びもしてたんだ。」
「ふうん。野山駆け回っていた山猿だった訳。」
カレンの嫌みに思わず吹き出す。
「山ざっ…。そうだね。それに近かったかな。結構わんぱくな方だったと思うよ。」
会話は和やかだが、カレンの拘束は解かれず、食料調達はスザクが1人で行った。
熾した火で、捕った魚を木の枝を削った串に刺して丸焼きにすると、かなりのボリュームの食事になった。
「満腹、満腹。でも、ちょっと食べ過ぎたかな。」
満足そうなカレンに、スザクの笑みがこぼれる。
「先日のパーティーでの姿と全然違うね。それが地なんだ?」
「そうよ。悪い?」
じろりと睨むカレンに、スザクは首を振る。
「いや。そっちの方が活き活きとしていて魅力的だよ。」
さらりといわれた言葉に、カレンは唖然とし、目をそらせて顔を赤らめる。
「パーティーのときも思ったけれど、結構天然よね。あんた。
だから余計タチが悪い……」
「何の話?」
「なんでもない。というか、一生解らなくて結構。」
一方的に会話を打ち切ったカレンに怪訝な表情を浮かべていたスザクだったが、焚き火の炎を見つめる顔はやがて真剣なものに変わっていく。
「カレン。」
「なに?」
「騎士団を抜けるんだ。今ならまだ間に合う。」
「ふん。ずいぶん温いと思ったら……説得して、私をどうするつもり?」
正面から見据えるスザクに、カレンは獲物を狩る肉食獣のような視線で睨み返す。
「お生憎様。私は、ゼロの親衛隊長よ。
ナイトメアであんたと何度も闘ったわ。ナリタでも、チョウフでも……」
「!?──まさか…あの紅い奴か。」
「ええ。見てなさい。いつかあんたの白兜を仕留めてみせる。」
「──君のお母さんも知っているのか……お兄さんだって……」
「人の弱みに付け込もうとしても無駄よ。黒の騎士団は、私のお兄ちゃんが興したレジスタンスグループが基盤になっているんだから。」
スザクは目を閉じて頭を振った。そして再び目を開けると静かに言う。
「君たちのやり方では、未来はないよ。」
「だったら、あんたはその“未来”が創れるって言うの?副総督のペットの皇子様。
あんたこそ、いい加減目を覚ましたらどうなのよ。ブリタニアの皇族が、支配地の子供を自分たちの身内として受け入れるはずがないって。
あいつらには、あんたなんかちょっと毛色の変わったペット程度にしか見えていないのよ。」
「───何も知らないくせに。自分の価値観で決めつけて、それを人に押し付けないでくれ……!」
「何よ。それを先にしたのはあんたの方でしょ!はっ。笑わせないでよ。宰相閣下溺愛の弟君?
実の親から貰った名を簡単に捨てて、押し付けられた名前を大事にして……!」
カレンが言う名というのは勿論「枢木スザク」の事だろう。
枢木ゲンブの子供…きっと最後のサムライと評されている彼の父親を信奉しての発言だ。
「私はあんたと違う!日本人としての名に誇りを持っているわ。
だから闘う。この間違った世界を変えるために。そのためには…勝つためには手段なんか選ばない!」
カレンの苛烈なまでの信念を、スザクは理解していた。
彼女の、家族を思う気持ちは先日庭園で話した時に思い知らされている……だが、同時にその事がスザクの心に重石のようにのしかかって来るのだ。
焚き火の炎に照らされた掌は、あの時のように真っ赤だ……
どれだけ時が流れようとも、罪は消えない。
捨てたのではない……奪われたのでもない…自分にはもうその名を名乗る資格がないのだ。
「カレン。 ───僕はね、父を……殺したんだ。この手で……」
「!?」
「勿論。諦めろ、というつもりはないよ。」
突然の告白に絶句して見つめるカレンに、スザクは淡々と語り続ける。
「でも、僕は知っている。間違った方法で得たものが、何を残すか……」
残ったものは、激しい後悔と、大切な友人と居場所すらなくした抜け殻のような自分……
「だからこそ、僕は君たちの…ゼロのやり方には賛同できない。
彼の方法は結局“犠牲ありき”なんだ。それじゃあ僕の父と何も変わらない……いや、それだけじゃない。多分、昔の僕とも変わらない。目的にこだわりすぎるあまり、その過程で失うものを忘れている。僕には、それが正しいとは思えない。」
「───だったら教えてよ……お兄ちゃんの死は一体何だったの?
正しいとか間違っているとか…そんなの誰が決めるって言うのよ。
命より大切なものだってあるのよ。」
今度は、スザクの方が何も言えなくなった。
焚き火の炎を絶やさぬよう番をしながら、その紅い灯りを見つめる。
──ブリタニアに、君の居場所などないのだよ──
──ブリタニアの皇族が、支配地の子供を身内として受け入れるはずがない──
ゼロとカレンから突きつけられた言葉が頭に蘇る。
家族への想いのために闘うカレン……家族だと思いたい人のために死のうとした自分……似ているようで全然違う……
シュナイゼルとの最後の通信を思い返す……あの時、兄は何を伝えていたのか…あの「愛している」の言葉だけは、本物だと思いたい。
例え2人の言う通り、利用されているだけだとしても……それに…それだけに縋って生きてきた……
焚き火を挟んだ向かい側で寝息を立てる少女を見つめる。
「カレン…君の強さが羨ましいよ……」
これから先、どうやって生きていくべきなのか…答えを見つけられずにいる自分に溜息を漏らすと、天を仰いだ。
満天の星空がやけにまぶしく思え、スザクはなんとも切なくなるのだった。
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