回収され、主を失って横たわるランスロットの点検をしながら、セシルはため息をつく。
「セシル・クルーミー少尉?」
後ろからかけられた声に振り向くと、そこには帝国宰相、この特派のスポンサーであり、ロイドいうところの“大事なパーツ”であるスザクの兄が立っていた。
「シュナイゼル殿下。」
慌ててランスロットの上から降りて敬礼しようとすると、どうぞそのままと制される。
「直接お目にかかるのは初めてですね。いつも弟がお世話になっています。」
丁寧に挨拶をするシュナイゼルに、恐縮する。
「とんでもない。私なんか…スザク様のお役に立てているとは…今回の事も…お助けする手段も見つけられず……」
「いいえ。弟が今日まで無事でいられたのも、貴方のオペレーションのおかげです。……お怒りでしょうね。あんな作戦を立てて……」
「不敬を承知で申し上げれば……あのような作戦が本当に必要だったのかとお伺いしたかったのです。
……ですが、今の殿下のお顔を拝見して、私の考えが浅かったと反省しております。
スザク様はきっとご無事です──どうかお力落としにならないでください……」
「───そんなに酷い顔ですか?」
「まるで、病人のようだねえ。」
シュナイゼルの後ろに控えていたロイドが覗き込み、眉根を寄せる。
「まあ。貴方が何かに執着するのは、悪い事ではないと思うよ。」
相変わらず飄々とだが、どこか慰めるようなロイドの言葉に、シュナイゼルは肩をすくめた。
スザクは、手の中のピンク色のポーチを弄んでいた。
一見女学生の愛用品のようなそれには、ナイフが仕込まれている。
「なるほど……」
小さく息を吐きながら、その刃をポーチにしまう。
「つまり、君にもあの時何が起きたか解らない、と。」
「はっ。」
スザクの知る貴族令嬢のカレン・シュタットフェルトは、かつての面影を微塵も感じさせない挑戦的な声を上げる。
「あんただって立派に遭難してるじゃない。いい気味よ。」
パーティーでのしおらしい態度はなんだったのだろうと思ったが、聞き流す事にした。
「遭難というのは間違いないけど、そう悲観したものではないと思うよ。ここは、式根島からそう離れたところじゃない。」
「なんでそんな事が解るのよ。」
「周りに生えている木や草花が、そう変わらないからね。
太陽と気温の関係も同じ。夜、星の位置を正確に測れば、さらにはっきりするんじゃないかな。」
「ずいぶん落ち着いてるわね。あんた。」
「遭難したときの対処法くらいは習っているよ。これでも軍人なんだから。」
肩をすくめて笑うスザクに、彼の階級が大佐だった事を思い出したカレンは顔をしかめた。
「だったら、今のうちに自分が捕虜になったときの対処法も復習しておく事ね。
私の仲間がここに駆けつけたら、捕まるのはあんたの方なんだから。」
負け惜しみのような言葉に、肩をすくめる事で応える。
彼女の言っている事はその通りだが、どちらも通信手段のない以上、その“助け”がいつ来るのか不確かだ。
パイロットスーツの徽章の裏につけられている発信器…これは、皇族であるスザクが万が一の事があったときのためにロイドとセシルがつけてくれたものだ。今がその万が一の時のはずだが、海水を被った状態で動作しているかどうか怪しい。
助けが来るかどうか分からないなどと、今のカレンに話しても余計彼女をカッカさせるだけだと考えたスザクは、それは黙っておく事にした。
「カレン。君はゼロの正体を知っているのかい?」
静かに問いかければ、少女はじろりとスザクを睨みつけると鼻で笑う。
「さあね。気になるなら自分の手で調べてみれば?」
その態度でスザクは悟った。
「そうか。君も知らないのか……」
「!? なんで……」
「彼はそこまで隠しているのか……自分の仲間の間でさえ───」
何故そこまで……ふと、式根島でのやり取りを思い出す。
そういえば、ゼロはどうして皇族内での暗黙の了解ともいえる、毒物携帯義務を知っていたのだろう。
こんな事は“外”から調べようとしても解るような事ではない。では、彼は“内”にいたのだろうか……
元皇族で、皇帝に恨みを抱く人物……?
その時、脳裏に黒髪にアメジストの瞳を持つ旧友の顔がちらつき、思わず頭を振った。
「なっなにっ!?」
突然の行動に驚いたカレンが声を上げるが、スザクは聞いていなかった。
───何を馬鹿な事を……そんな事があるはずがない。
いくら生きていて欲しいと願っているといっても、彼と希代のテロリストを結びつけるとは……
皇帝に恨みを持つ者ならば、掃いて捨てるほどいるはずだ。彼の皇帝が即位した頃起きた「血の紋章」事件などいい例だ。
スザクは、一瞬浮かんだ疑念を打ち消すためにも、目下の課題を解消する事にした。
パイロットスーツのホックに手をかけジッパーを下ろす。すると、すぐ側でカレンが悲鳴を上げた。
「ちょっちょっと。何やってるのよ。貴方!」
赤い顔で怯えたような目で見ている彼女に小首をかしげるが、自分が今している格好と彼女が拘束された状況にいる事に気がつき、吹き出した。
「川に入ってみるだけだよ。夜になる前に水や食料は確保しておかないといけないし…どっちの味方が来るにせよ、それまでに餓死なんて願い下げだ。」
「あ…そ…そう。」
自分の誤解に恥ずかしそうに目をそらすカレンに、スザクは意地の悪い笑みを浮かべる。
「それに僕だって水浴び位はしたいよ。塩と汗でべたべただ。
君だってしていたろう。まさか、そのまま飛びかかってくるとは思わなかったけど……はしたないという点では、人の事はいえないと思うよ。」
「サ…サイテー!!」
スザクの言葉に、カレンの顔がまた真っ赤になった。
コメントを残す