半月
「───四百年前の文献ですわね………
多分、この蔵だったと思いますが。」
広大な敷地を誇る皇家。京都市内にある屋敷は京都…ひいては日本と共に歴史を刻んだ旧い一族の拠点である。
その家の歴史を記した文献は、母屋の裏手に立ち並ぶ古い土蔵に収められていると言う。
ルルーシュとスザクの求めに応じて案内して来た神楽耶は、蔵の扉の大きな南京錠を開けた。
鈍い音を立てて大きな扉が開かれる。蔵独特の湿った埃の臭いが辺りに立ちこめた。
天井の照明がつけられる。一瞬その眩しさに目を瞬かせると、彼らは中を見回した。
整理整頓された室内には、山と積まれたおびただしい数の箱や書類がところ狭しと置かれている。
「────この中から目当てのものを見つけ出すのは……至難の業ですわね。」
半ば呆れながら言う彼女に、ルルーシュも内心頷く。
───確かに……少々考えが甘かった。
「───いや。そうでもなさそうだ。」
後悔し始めている彼に反し、スザクは何か確信を持った声で呟くと、1つの棚に歩み寄った。
「スザク───?」
彼の行動に首を傾げる2人を他所に、スザクは迷う事無く1つの桐箱を取り出す。
「多分、この中……それと、これに……こっちも………」
次々と棚から出される文献にルルーシュは目を見張り、神楽耶はそれらを紐解く。
「───恐らく……間違いないようですわね。」
手慣れた手つきで巻物を見ていた彼女は、真剣な表情でその中の一節を指差す。
「ここに……巫女を務めていた女性が海の向こうの国へ渡る事になったと書かれています。
お2人が探している人物と考えて宜しいのでは?」
「本当に───?スザク、お前………」
驚愕するルルーシュに、スザクは頭を掻く。
「なんとなく……さ。解ったんだ。その………呼ばれているような気がして。」
「呼ばれて………」
その答えに、ルルーシュは息を呑んだ。
大体の予測をたてて捜索に当たったのだが、難航するのも覚悟していた。それが、こうも容易く見つけ出せるとは……文献に呼ばれたというスザクの言葉に偽りはないだろう。
コードとギアスに関わる力……それが働いたと考えて間違いない。
さらに文献を出そうとしたスザクが小さな声を上げた。
思考に沈んでいたルルーシュがはっと顔をあげると、その目の前を何かがよぎった。
「神楽耶。何かが逃げたよ。」
スザクの呼びかけに彼女は笑みで応える。
「ご心配なく。私がいるかいる限りここから出る事はありませんわ。」
確かに“それ”は入り口付近に立つ彼女を避け、別の棚の中に消えた。
「───スザク……今のは………」
茫然として尋ねるルルーシュに、スザクは目を瞬かせる。
「ルルーシュにも分かったんだ。」
「何かの怪性のようですわね。ここには様々な人の想いの籠ったものが収められています。
その想いが寄り代から離れたのですわ。」
「───想いが具現化したと……?」
「物の怪の類いとお考えになって宜しいかと思います。ここは八百万の神々の国ですから。」
「神様になりかけているものかもしれないね。」
「神と物の怪は同義なのか?」
「天使が地獄に堕ちて悪魔になるのと変わらないと思うよ。」
苦笑まじりのスザクの説明に、ルルーシュは小さく頷く。
「神楽耶様がいればこの蔵から出ないというのは?」
「私達皇家の女子には、特殊な能力を授かって生まれてくるものが多いのです。
私は、ただ人の目には見えぬものが見えそれを封じる力が幼い頃よりございます。」
少しはにかんだ表情で話す彼女に目を見張る。
「伝え聞いた話では、人々の悪しき想いをその身に封じ、良き力に昇華させて与える事が出来る者もいたそうです。
時の権力者の側には必ずその力を持った妻がいたそうですわよ。」
面白そうに話す神楽耶に、スザクも目を見開いた。
「そんな話、初めて聞いた。」
「………私も、こんな話忘れていましたもの。ただのおとぎ話……自分の一族を良く讃えたがる旧家の作り話と、本気にした事もありませんでしたから。
───その、ライと言う人物の母御もそう言った能力があった故にブリタニアの皇族に望まれたのかもしれませんわね。」
「そうですね。」
「私達皇家の娘を守るために、京都の六家の他の一族が存在するのだとも言われています。」
「では、枢木家も……」
「枢木家は守護としての力に最も優れた一族で、皇との繋がりが一番強い家系です。だから、スザクとの婚約が進められていたのですわ。」
「守護とは……」
「私達には悪しきものを封じる事が出来ても、それを祓う力はありません。その力に優れていたのが枢木です。」
「枢木神社は憑物落としの社とも呼ばれているんだ。」
「───エクソシスト?」
「うーん。そんな感じかな。僕にはそんな力はないけれどね。」
旧い一族のいとこ同士は、顔を見合わせ苦笑した。
「───神楽耶様の話していたおとぎ話……コード保持者の事ではないだろうか……」
蔵から持ち出した文献を整理しながら、ルルーシュはひとりごちる。
その一人言にスザクも頷いた。
「そう考えて間違いないんじゃないかな。」
「そのコード保持者を守る枢木一族………祓う……とは、つまりギアスキャンセラーとは考えられないだろうか。」
「………どうだろう。僕にはそんな力はないよ。」
2人は顔を見合わせ、山と積まれた文献に息を吐くのだった。
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