Honey moon - 2/19

「退役軍人の中には、彼のように心因性のストレス発作に苦しんでいる人がまだいるのね……」
隣で呟かれた言葉に、黒髪の青年は驚いて声の主を見る。
その端正な顔と、紫水晶のような瞳に見つめられ、彼女は思わず赤面した。
「あ…あら。聞こえてしまいました?」
恥ずかしそうにする彼女に、青年も気まずそうに「失礼」と謝罪する。
「彼が軍人だったと仰っていたので……どうしてお解りになったのかと……」
彼女は、その言葉に少し嬉しそうに笑った。
「当たっていました?いえ。私の兄が軍人でして……その、ご友人の手の形が…『軍人の手』ていうのかしら……兄のものとそっくりでしたから。多分そうじゃないかと思って。」
「そうでしたか。」
青年は、どことなくほっとした顔を見せる。
「今も夢に見るくらいですから相当な激戦地にいらしたのですね。
激戦と言えば…ブリタニアで、フジの最終決戦に参戦した兵士に、記憶障害を抱える人が多いそうです。
きっと、あの酷い戦闘の経験を無意識下で消そうとした結果だろうと、精神科医がレポートしていましたわ。」
「そんな報告があったのですか。」
彼女の話を青年は興味深げに聞いている。その事に気を良くしたのか、饒舌に話し続けた。
「でも、悪逆皇帝が現れたおかげで今の世界がある訳ですから、皮肉な話ですわね。
彼が、掌握しようとしなければ、世界はまだ戦火の中だったのじゃないかしら。」
「そう思いますか?」
「ええ。だって……シャルル皇帝のブリタニアを壊したまでは、彼は『正義の皇帝』と呼ばれ、トウキョウで戦死したゼロの後継者とまで噂されていたのですよ。
なのに…彼は世界中の期待を裏切り、シャルルより酷い暴君になった……
一時は、ルルーシュこそがゼロで、シャルルを討つために黒の騎士団を創設し、本懐を遂げるために騎士団を離れたのだとまで言われていた人なのに……」
「ほう。」
青年が面白そうに目を細めた。
「あら、ごめんなさい。私ったらまたつまらない事を……悪逆皇帝の事なんて、今更聞きたくもないでしょう?」
「いいえ。なかなか興味深いお話です。
「そうですか?」
彼女は喜色を濃くする。
「皇帝ルルーシュが実はゼロではないのかという噂になっていたとは……全然知りませんでした。」
「ええ。そんな噂が流れていた時期もあったんですよ。でも、皇帝がゼロに粛正された事で、噂に過ぎない事が実証されたのですけど。
では、トウキョウで死んだゼロとあのゼロは同一人物なのかという謎も出てきて……あの2人は本当に謎だらけで……」
「ふたり……とは、ルルーシュとゼロの事ですか?」
「ええ。ゼロはやはりその仮面の下の素顔が誰かというのが最大の謎ですわね。ブラックリベリオンの前と後、そしてルルーシュを討ったのは全て同一人物なのか……
ルルーシュの謎は、シャルルから帝位を奪い彼が築き上げた『ブリタニア』を壊した後、何故世界を欲したのかという事です。」
「謎……ですか?所詮ルルーシュも、シャルルと同じ穴の狢という事でしょう。」
「世界を手に入れるなら、帝位を奪うだけで済みます。
それをわざわざ植民エリアの開放までしてから、超合集国を手中にした……何故、そんな二度手間をかけて悪逆皇帝として君臨しようとしたのか、私には理解できないのです。」
「──なるほど………」
青年は考える素振りで頷いてみせた。
「でも、そのおかげで、ルルーシュの死後、世界の秩序は驚くほどスムーズに平和に進みました。
そう……まるで、誰かがそうなるように仕組んだみたいに……」
そこまで話して、彼女は目を茫洋と彷徨わせる。何か、考え事を始めたようだ。
「なかなか面白いご意見ですね。ルルーシュの研究でもなさっているのですか。」
思考に沈んでいた彼女は、青年の問いかけに一瞬唖然とし、慌てて答えた。
「えっ…あっああ。違います。私、ブリタニアのテレビ局の記者でして……今度、ルルーシュ皇帝の特集企画のために日本へ取材に行くところで……」
「そうでしたか。しかし、何故日本に?」
「10歳で廃嫡されたルルーシュは、妹のナナリーとともに日本に送られたのです。その頃の彼を知っている人物がいるんじゃないかと思って。」
「ほう、ずいぶん詳しく調べられましたね。その企画は通ったんですか?」
「いいえ。そのための取材なんです。」
黒髪の青年と女性記者の会話は続いている。彼の隣で寝た振りをしている茶髪の青年…スザクは、つないでいる手をぎゅっと握った。
それに答えるように黒髪の青年…ルルーシュも握り返す。
宥めるように、やんわりと………

カンサイ地区の洋上にある空港……入国審査を終えた女性記者は、空港のエントランスを首を傾げながら歩いていた。
「えーと。乗り継ぎの鉄道へはこっちでいいんだけれど……私、何の仕事で……」
手の中には、シズオカまでの鉄道チケットがある。
「うーん。何の取材だっけ……シズオカ……?シズオカと言えば……
あー。そうそう。フジ決戦の慰霊祭の取材だったわ。
私ったら……やーね。このところ忙しかったからって仕事内容忘れるなんて、末期的じゃない。」
ぶつぶつ一人言をいいながら歩く彼女を、遠くから見守る男達がいる。
仲良く肩を並べて立つその姿は、通り過ぎる誰もが振り返るほど衆目を集めていたが、当人らは気にする様子もない。
「ルルーシュ……彼女にギアスをかけたの?」
「ああ。側をうろうろされては目障りだからな。
しかし、なかなか鋭い洞察だった……きっと優秀な記者なのだろう。」
「そうだね。聞いててハラハラしたよ。」
「まあ。その優秀さなら、また別に良い取材対象を見つけて、とっとと帰国してくれるだろう。」
そう言って、意気揚々と先を歩き出すルルーシュに、スザクは苦笑しながら後に続いて空港を後にするのだった。

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