Honey moon - 18/19

「宮司が、よろしければ夕げをご一緒に、と申しております。」
 権祢宜の一人が、2人に伝言を伝えに来た。
 気がつけば、日はすっかり暮れて、山の端が薄藍の夕闇に染まり始めている。

 昼間、会見をした座敷に再び案内されると、そこには三人分の膳が用意されており、白虎が既に待っていた。
「お招き有り難うございます。」
「伝統的日本料理ですが、お口に合いますかどうか。」
「いいえ。日本食は大好きです。」
「それは何より。」
「ご相伴になります。」
 三人の和やかな会食が始まった。
「お二人は、枢木スザクのことはご存知ですか。」
 杯を交わしながら白虎が口にした名前に、2人の表情が固まる。
「───ええ。ブリタニアで一番有名な日本人ですから。」
 ルルーシュは努めて自然に返答した。
「総督殺害の容疑をかけられながら、皇族の騎士に抜擢され、次々と主を換えながらついに皇帝の筆頭騎士に成り上がった、『裏切りの騎士』ですね。」
 スザクも、淡々と世に知られている事実を告げる。
 平静を装うとして、かえって顔がこわばってしまっていた。それを、白虎は不機嫌と取ったらしい。
「食事の席には不向きな話題でしたな。不快にさせて申し訳ない。」
 と、詫びを入れつつも話は終わらなかった。
「ご存知の通り、スザクはゲンブの息子で、終戦後はブリタニアの監視下に置かれました。
 ブリタニア軍に入隊したのも、その影響でしょう。
 首相の息子であるという自我が、出世欲を満たすために主人を渡り歩く結果になったというのが大方の見解です。」
「大方の……ということは、貴方はそう見ていないということですか。」
 ルルーシュの問いかけに、白虎は薄く笑う。
「親族なのでかばっている。と、思って頂いて結構です。
 ですが、私は違うと確信しています。」
 白虎は、笑みを深くして2人を見た。
「『力』を求めるには理由があります。
 六家の支援を断り、15歳で名誉ブリタニア人となって入隊したスザクですが、軍功をあげて出世しようという意思があったとは考え難い。」
「なぜ、そう思われるのです?」
 問いかけに、白虎は静かに答える。
「クロヴィス総督殺害犯として移送……市中引き回しですね。あれは……」
 三人は苦い顔をした。
「中継されていたスザクの顔は……あれは、死を覚悟した顔でした。身に覚えのない罪だというのに、自分に襲いかかった現実を受け入れてしまっていた。
 そんな人間が、出世や名誉を望んでいたとは思えないのですよ。」
 白虎を見つめるスザクの眉が、ピクリと動いた。
「ですが、結局彼はユーフェミア皇女を踏み台に、シャルル皇帝、ルルーシュと権力者の騎士になったではないですか。」
 ユーフェミアの名前に、白虎は小さく息をつく。
「力を求めるようになったのは、あの、行政特区の大虐殺がきっかけではないかと……
 皇女の死後、ゼロを捕らえ、皇帝の騎士になったのは、日本人を集める『えさ』に利用した行政特区日本を実現させたかったからではないかと思うのです。」
「行政特区日本……」
「事実。スザクが補佐として随行したナナリー総督が、禁忌とされていたこの政策を復活させようとしましたからね。」
 ルルーシュは、小さく息をついた。白虎は、あの施策をスザクが提案したのだと考えているようだ。
「枢木スザクは、“日本”を取り戻すためにナイトオブラウンズになったとお考えなのですね。」
 面白い意見だと微笑む。
 ちらりと、横に座るスザクを見れば、頬を紅潮させうつむいている。
 一見、笑いをかみ殺しているようだが、彼の両手は膝の上で固く握り込まれていた。
「───と、いうことは……宮司殿のお考え通りなら、スザクは目的を果たして死んだということになりますね。
 彼の最期の主であるルルーシュ皇帝は、即位するとすぐにエリア政策を撤廃、全エリアをブリタニアから解放しましたから。」
「ええ。ルルーシュにしてみれば、全世界を手に入れるのだから、エリアを解放しても何の支障もないどころか、植民地の者達からは正義の皇帝と賛美された訳です。こんなおいしい話はない。」
 白虎は、くすくす笑いながら手元の杯をぐいと飲み干す。
「私はね。いきさつは知りませんが、スザクとルルーシュには感謝しているのです。
 私たちに『日本』を返してくれたのですから。」
 そう言って、至福の笑みをルルーシュとスザクに向けるのであった。

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