ひたすら上昇していくエレベーター。静まり返った廊下のさらに奥……他の客室とは明らかに違う作りの豪奢なドア。
このフロアに降りて以来、うるさいほどに鳴る心臓の音が扉の前で最高潮に達した。
ルルーシュがカードキーを差し込み、中に入るように促す。
室内の、予想通りの絢爛ぶりに思わずめまいを覚え、スザクは声を漏らした。
「る、ルルーシュ……この、部屋って……」
「うん?インペリアルスイートとかいてあったな。」
何事も無いかのように室内を見回すと、ルルーシュは室内のドアの一つを開け、そこへ入っていく。
「───ここに何泊するつもりなの?」
「一泊だけだが。」
ドアの向こうから戻って来た彼は、涼しい顔でそう答える。
「いっ一泊するだけなのに、ゲストルームが3つにキッチンやリビングのある部屋なんて贅沢すぎるでしょ!」
通常ならこういった台詞はルルーシュの専売特許である。
が、生まれ育ちはお坊ちゃんでも一度底辺まで落ちた経歴を持ち、財テクに長けた恋人に鍛えられたスザクである。庶民感覚はしっかりと染み付いている。
もう皇帝と騎士ではない彼らが、泊まれるような部屋ではない。
「俺もそう思う。───が、せっかくの神楽耶殿の好意だ。ありがたく受け取って、楽しむのも悪くないと思ってな。」
そういってルルーシュは、スザクのあごを指でクイと上げると妖しく微笑む。
煌めくアメジストに一瞬心を奪われたスザクであったが、はっと我に返ると質問を続ける。
「神楽耶……って、どういうこと?」
テーブルにあふれかえる甘味の処理のためにウエイターよろしく配り歩いていたルルーシュの携帯に着信があった。
心ばかりのプレゼントを用意したのでフロントへ行くようにと伝えると、神楽耶は否応も無く通信を絶ってしまい、分けもわからず指図通りフロントへ行くと、名乗りもしないうちから心得ているとばかりにフロント係の従業員が、笑顔とともにこの部屋のカードキーを差し出したのだった。
「最上のサービスを提供してくれるそうだ。」
そう言ってアメジストは笑う。
呆然としているスザクをよそに、ルルーシュの手は彼の肌を優しく撫で、唇は頬から首筋へと滑って行く。
「スザク…………甘い匂いがする……」
「それは…あれだけ食べていれば……」
「そうだな。
男が1人でケーキの大食いなんて、かなり奇異な光景だ。目も惹くし、若い女には興味深く映ってもおかしくない。
そもそもお前は、放っておけないと思わせる雰囲気を醸し出しているそうだからな。」
「なに、それ。」
「俺たちが知っている女性たちの大方の意見だ。クルーミー女史は真っ先にそう言ったぞ。」
ルルーシュはスザクの耳たぶに歯をたてる。
「んっ……!」
思わず顔をしかめた。
相変わらず手や指先は肌の上を滑り続け、腰から下へと降りて行く。
「見知らぬ女を、しかも2人も誘い込むとは、たいした手練だな。」
怒気をはらんだ声に、スザクは思わず目の前のアメジストを見つめる。
妖しく煌めく紫紺のその奥に揺らめく蒼い炎を見つけ、息をのむ。
次の瞬間、ふっと息が漏れた。
ルルーシュは、自分が追いつめている相手から笑みが漏れたことに驚き、思わず手の中の恋人を見つめた。
「───驚いた。ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアともあろうお方が、氏素性もわからぬ市井の女に嫉妬なさるとは……」
くすりと笑う彼に、皇帝は頬を上気させた。
「なっ……!」
「違うの?」
見つめてくるエメラルドに、アメジストの瞳が揺らぐ。
「安心して。彼女たちは神楽耶のファンらしい。
僕に、彼女との間柄を尋ねに来ただけだよ。」
「───それで、お前はなんと答えたんだ?」
「古い友人だと……君のことも聞かれたので同じく友人だと答えたら、さすが、神楽耶様はつきあう男友達もハイクラスだってはしゃいでた。
僕もそう思うよ。神楽耶は目が高いって……」
うっとりと見つめるスザクに、ルルーシュはあの日世界を手にれた瞬間と同じ笑みを浮かべる。
その、何もかもを圧倒する笑みに見つめられ、スザクはぞくぞくとした恍惚感に浸った。
「お前だって含まれているだろう。」
まだ何か言いたげな唇を吸い、ルルーシュは微笑む。
「本当に甘ったるいな。」
「仕方ないじゃないか。」
何度目かの言い訳をするスザクを抱き上げると、彼は先ほど入ったドアへと歩き出す。
「こんな甘いにおいをさせていたら、悪い虫がよってくるからな。」
再び唇を重ねられ、スザクは甘美な夢に酔いしれていた。
バッシャーン!
夢の国から突然に落とされたのは水の底。
正確には、湯を張ったバスタブの中だった。
「なっ何するのさっ!」
「カスタードや生クリーム、チョコレートの香りが抜けるまで、そこにいろ。
出て来たら、続きをしてやるよ。
──それにしても……」
ルルーシュはいったん言葉をきるとアメジストを細める
「おまえ……俺の前で裸になるのに慣れ過ぎじゃないか?はしたないぞ。」
スザクは、耳まで顔を赤くして怒鳴る。
「だ、誰が脱がせたんだよっ!」
スザクの抗議に動じる様子もなく、ルルーシュは笑みを深くする。
「脱がされることに抵抗を感じなかったんだろ?」
パタンと閉じられたドアに水しぶきと怒声が浴びせられる。
「ルルーシュのバカッ!!」
通話口からコロコロとした笑い声が聞こえる、
『お気に召していただいてよろしかったですわ』
『神楽耶様には、お気遣いいただいて感謝します」
『私の秘書たちが、ルルーシュ様のご機嫌を損ねてしまったらしいと報告を受けたのですが……何か、粗相がありましたか?』
気遣わしげな神楽耶の声に、ルルーシュの眉がぴくりと動く。
バスルームからは、やけに大きな音でシャワーが響いている。
「───なるほど……“神楽耶様のファン”のお嬢さん方には、私の不在中スザクの相手をして下さって助かりました」
穏やかな声で礼を述べる彼の頬は、そのトーンとは裏腹にピクピクと震えている。
『ルルーシュ様がフロントに行っている間の“虫除け”を頼みましたの。役に立ったのでしたら良かったですわ。
だって、最近のスザクjは女の私でもドキッとするほど艶っぽいのですもの。
どんな悪い虫がまた寄ってこないかと、従妹としても心配で心配で……』
ルルーシュの表情はどんどんと険しくなって行く。
『ルルーシュ様。スザクのこと、くれぐれもよろしくお願いします。
明日は、彼にとってきっと……』
そのとき、鳴り響いていたシャワーの音がぴたりとやんだ。
「大丈夫……ご心配には及びませんよ。」
会話の途中ではあったが、ルルーシュは強引に通信をきると後ろを振り返った。
そこには、バスローブに身を包み少々不機嫌な表情のスザクが頬を上気させて立っている。
そんな彼に手を差し伸べ、微笑むルルーシュだった。
───もう、世界中の誰にもわたさない。
そう決めたのだから───
コメントを残す