Honey moon - 13/19

 数十分後────

 スザクはひとり、スウィーツと格闘していた。
「ふうー。」
 ベリータルトとザッハトルテを完食して一息つくと、ブラックコーヒーをすする。
 甘いものは嫌いではないが、大量食いする程好きでもない。
「まったく……僕を置いてどこか行っちゃうし。」
 恨めしそうに向かいの席を見る。そこには、きちんと畳まれたジャケットがあるだけで、その所有者の姿はない。
 神楽耶の残していった大量のケーキやフルーツを見つめ、吐息を漏らしていたルルーシュではあったが、1度腰を下ろしていた椅子から立ち上がると、着ていた麻のテーラードジャケットを脱ぎだしだ。
「俺達で食いきれる数じゃないのは確かだ。」
 そう言ってスウィーツの皿を数枚、器用に腕や手に乗せると、周囲にある女性客
のテーブルを廻り出した。
「えっ。いいんですか?」
「ありがとうございます。」
 ルルーシュが声をかけたテーブルからは次々と黄色い声が上がる。
 ああ、なるほど……と思いながら、スザクはスザクで律儀に自分が運んできたスウィーツを食べ始めたのだった。
 彼が黙々と食する間も、ルルーシュは女性達のテーブルを何度も往復していた。
「神楽耶の奴……っ!」
 どうせならもう少し食べてからいなくなればいいのに。
 いや。一通り食べたいという彼女の要望に、全種類運んできた自分が悪いのか……
 長年同居していたピザ魔女が標準値になっていた事を反省する。
 それにしても……
「どこに行ったんだろう。」
 ひとり残され、男が1人で食べるにはあまりにも多いこの皿を見たならば、誰もがやけ食いとしか思わないだろう。
 周囲の視線が痛く感じ始めてきた。
 そのとき。
「あのー。すみまぜん。」
 おずおずとかけられた声に顔を向けると、若い女性が2人、愛想の良い笑顔で立っている。
「さっきは、ケーキを分けて頂いてありがとうございました。」
「ごちそうさまです。」
「いいえ。こちらこそありがとうございました。食べきれなかったものですから、助かりました。」
「本当にすごい量でしたものね。」
 そういってクスクス笑う。
 このビュッフェにある品をひとつずつ、迷いも無く次々と運ぶ姿はかなり奇異だったろう。
 挙げ句、1人で食べるはめになっているのだから、笑われても仕方がない。
 スザクは、照れ隠しに4人がけテーブルの空いている席を彼女らに進めた。
 2人は一瞬驚いたようだったが、嬉々として椅子に座ると堪えきれなという感じですぐに話しかけてくる。
「あの。はじめ皇の姫様とご一緒でしたよね。」
「ええ。」
「神楽耶様とは、どういうご関係なんですか?」
 いきなりの不躾な質問に面食らうスザクに、質問してきたのとは別の女性が謝罪する。
「私たち、神楽耶様のファンで…あの方がどんな男性を選ぶのかすごく興味があったものですから………その……」
 そういって言いにくそうに顔を見合わせていたが、口火を切ってきた女性が言い訳を言う。
「神楽耶様の恋人…さんかと思ったんです。
 そうしたら神楽耶様は先に帰られてしまうし。そうかと思うと入れ違いで先ほどの方がいらしたので……」
 ごめんなさいと謝るものの興味津々でスザクの説明を待つ姿に、どうしたものかと苦笑する。
 本当は、テーブルを廻っていたルルーシュに聞きたかったのだろうが、彼はそう簡単に他人に付け入る隙を与えない。
 だから自分なのかと合点がいってしまうものにも困ったものだ。
 数瞬迷ったものの、この無邪気な女性達の興味を満足させて退席してもらう事にした。
「────彼女とは……古い友人です。子供の頃から。」
「まあ。じゃあ、幼なじみという事ですね。」
 ステキ。と、顔を見合わせて微笑む彼女らに小首を傾げる。
「じゃあ、もしかしてさっきの方も……!」
「ええ。彼も、神楽耶の友人ですが……」
「そうなんですね!
 さすが神楽耶様。こんな素敵な男性2人と幼なじみだなんて………」
「やはり、あの方くらいになるとつき合う男性も自然とハイクラスになるのよ。」
 退席どころか2人だけで盛り上がる彼女らに、これは困ったぞと内心冷や汗を書き出した頃に、やっと救世主が現れた。
「お待たせ。………ずいぶん片付いたじゃないか。」
 スザクにとっての救世主は、本人が知らぬ間に同席している女性に軽く会釈すると、目を細めて彼を見る。
「食べるのを手伝ってもらっていたのか………いい作戦だ。」
 穏やかな口調に相反して、ルルーシュの瞳には明らかな怒りの色がある。
 スザクは思わず息を呑み、彼女らは慌てて席を立った。
「ちっ違うんです。私たち神楽耶様の事を伺いたくて………」
「ちょっと、お話を聞かせて頂いていただけです。」
 ありがとうございましたと頭を下げ、そそくさと去って行く2人を見送ると、ルルーシュはスザクを見下ろす。
「ル……ルルーシュ。本当にあの人達の言う通りなんだ。」
 しどろもどろで説明するスザクにルルーシュはくすりと笑うと、その白いてを彼の頬に寄せた。
「どうした?顔色が悪いぞ。」
「そ、そう?」
 スザクは目を彷徨わせる。
 ルルーシュは、テーブルの上に積まれた皿に目をやると言葉を続けた。
「1人でこれだけ食べたんだ、胸やけもするだろう。部屋で休んだ方かいい。」
「へ、部屋って?」
 唐突に出てきた単語にスザクは混乱する。ルルーシュとは今日何の打ち合わせも無くここであったばかりである。
 当然宿泊の予定もない。というか、わざわざ宿泊する必要もない。
 状況を飲み込めずにいる彼を他所に、ルルーシュは2人分の荷物を抱えると、椅子から立つように促す。
「大丈夫か?」
 肩を抱き気遣わせげに声をかけながら外へと誘導して歩き出した。
「ルルーシュ。部屋って、どういう事?」
「勿論、このホテルの部屋だ。さっきチェックインしてきた。」
 そういってルルーシュは、ホテルのカードキーを見せる。
「どっ…………!」
「どういういきさつで、俺の留守中に女を誘い込んだのか、説明してもらおうか。
 時間なら、たっぷりある。」
 説明して欲しいのはこっちだといいたいスザクを黙らせ、うっそりと笑うルルーシュだった。

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