Honey moon - 12/19

 京都ロイヤルホテル。京都市街中心にあるこのホテルは、立地の良さもさることながら行き届いたサービスと、美食ガイドにも紹介されるレストランやビュッフェがある事で有名だ。
 その中でも利用者の目当ては、有名パテシエによるデザートビュッフェで、平日であるにもかかわらず女性やカッップルばかりではなく甘味好きの男性客で賑わっている。
「まあ。ほぼ満席ですわね。」
 辺りをぐるりと見回すと、皇神楽耶は目の前にずらりと並べられたスウィーツの皿に目を細め、その中のひとつを頬張った。
 女性の一口サイズに作られたそれは、ストロベリーミルフィーユ。
 幾重にも重ねられたパイ生地のサクサクした食感とそれを包み込むような生クリームの優しい甘さ、そして、上に飾られたイチゴの酸味が絶妙なバランスで口の中に広がる。
 日本有数の財閥のトップであり、国を動かす政治家でさえ膝を折る権力を持つ彼女の、普段見せる事がない表情を5センチ四方の小さな小麦粉とミルクの塊が引き出していると思うと、改めてその威力に感嘆する。
「なんて美味なんでしょう。」
 ニコニコと幸せそうな笑顔で、2つ3つとケーキに手を伸ばす神楽耶に、このテーブル一杯の皿を運んできた人物も笑みを浮かべる。
「喜んでもらって良かった。本当にここで良いのか迷ったけど、ほっとしたよ。」
「ええ。とっても満足していますわ。
何がそんなにご心配だったのかしら。」
 小首を傾げる神楽耶に、連れの人物はキョロキョロと目を彷徨わせると耳打ちする。
「ここ。君のホテルじゃないか。」
 その言葉にコロコロと笑う。
「だって、1度一般客としてこのデザートを堪能したかったのですもの。私1人で入ると、視察のようで……連れてきて下さって本当に感謝しておりますのよ。スザク。」
 悪戯っぽく話す従妹に、スザクは眉尻を下げる。
「こっちこそ感謝している。面倒な事を頼んでしまって、ごめんね。」
「とんでもない。」
 頭を下げる従兄に、神楽耶はゆっくりと首を振る。
「先方には話を通してあります。
 研究のために秘蔵の文献を調べたいという人物がいると。」
「ありがとう。」 
「いいえ。お役に立てて嬉しいですわ。
 実は、今日もう1人と約束をしていまして……」
「あっごめん。お邪魔だったら僕はここで……」
 慌てて帰り支度を始めるスザクを、神楽耶は制する。
「早合点しないで下さい。ここで退散するのは私の方ですわ。」
 そういう彼女の視線を追って、スザクはあっと腰を浮かせた。
 2人の視線の先には、今このビュッフェに入ろうとしている若い男性がいる。
 長身のその人物は、ゆっくりとテーブルを探しながらこちらへと歩いてくるのだが、そのすらりとした痩身、気品漂う身のこなし。何よりも整った白皙を縁取るように流れる黒髪………
 デザートに夢中になっていたはずの女性客をたちまち虜にしているのが、離れた席にいる彼らには手に取るように分かる。
「ルルーシュ……」
「こちらですわ!」
 思わず漏らした声にかぶせるように神楽耶が大声で呼ぶ。
 その声に気がついついた彼が小走りにやって来るが、デザートビュッフェ内にざわめきが起こった。
「あれ、あの人……!」
「皇の姫様じゃないの?」
「神楽耶様だわ。」
「うそ。今のイケメン神楽耶様の……!?」
「えーっ。気がつかなかった。」
「一緒にいる茶髪の人も素敵じゃない?」
 女性客ばかりではなく、その場にいた誰もが神楽耶に注目し同席している、今到着したばかりの待ち人の噂をし始めたのだ。
 そうここは京都。皇コンッエルンのお膝元だ。
 まして、彼女は世界的にも有名な人物。店内の興味は一斉に三人に取って代わられた。
「ス…スパロウ!何故お前がここに?」
「きみこそ。今日は予定があるって、出かけたじゃないか。」
 顔を見合わせる2人に、神楽耶はクスクス笑う。
「私が謀ったのです。いつもご一緒のお2人ですけれど、たまにはこんな待ち合わせデートも一興でしょう?」
 状況を飲み込めずにいる彼らを置いて、彼女は伝票片手に席を立つ。
「先方には、明日お2人が伺うと話してあります。
 頑張って下さいね。」
 意味深な笑みを浮かべて激励すると、店内の視線を全て集めて、このホテルのオーナーは去って行った。
「が…頑張るって……」
「ともかく座ろう。」
 あっけにとられるスザクを促し、彼の向かいに座ったルルーシュは、テーブルを見ると表情を失った。
「おい……これの始末はどうつければ良いんだ?」
「……だって……神楽耶が一通り食べたいって、言うから……」
 スザクも改めてテーブルの上を見る。
 山盛りにスウィーツが盛られた皿が、こぼれ落ちそうな程置かれている。
 大食い選手権かといわんばかりの量に、溜息を漏らす男2人であった。

3

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です