蜜月
京都……ブリタニアの支配より解放後、日本復興の中心地である。
かつて。政治の中心であったがため、ブリタニア支配の象徴となり、圧倒的な影響下に置かれた東京と違い、ブリタニアの監視下にあったもののその影響力は弱く、NACと呼ばれる組織の活動拠点であった、
NAC───
その母体は、京都六家と呼ばれ日本経済を牽引してきた財閥の団体である。政治にも強い駅協力があった。
現在あるのは皇家と、ブリタニアにおいて2人の皇帝の騎士となった枢木スザクの生家である枢木家のみだ。
枢木家は『裏切りの騎士』と呼ばれたスザクの事もあり、政治経済の表舞台から離れており、皇家が経営する皇コンツェルンが今や日本の政治経済を動かしていると言っても過言ではない。
その巨大組織を統括するのが、まだうら若い女性である事は世界中の誰もが知るところである。
ブリタニアのナナリー代表、中華の天子・蒋 麗華と並ぶ三代女性指導者と評させる、皇 神楽耶である。
十代の頃より、この日本を引っ張って来た彼女も二十歳を過ぎ、おしゃれや恋など年相応応に興味津々……失礼、彼女の場合、戦争中でもそういう事への興味は旺盛だった。
今は、さらにパワーアップしているようだ。
自分の事よりも他人のコイバナには敏感のようで……
「ええ、そうなのですよ。」
数寄屋造りの皇本家、その中央にある当主の間。
初夏の日差しを遮りながら、爽やかな風を取り込める御簾に守られた室内に、女性の明るい声が響く。
廊下に面した障子は開け放たれ、書院風の設えの和室の中央には細かい模様が織り込まれた段通のセンタウーラグが敷かれ、その上には円形のテーブルと椅子がある。
その奥は襖で仕切られており、声の主である神楽耶の私室となっている。
今彼女は、執務室兼応接で、書類決済をしながら友人と電話中なのだ。
「最近ルルーシュ様とスザクは、私に冷たいのですのよ。
ここにいる間は毎日朝食を私と一緒に食べる約束になっておりますのに、このところルルーシュ様としか食べておりませんの。まあ…元妻としては、新婚気分を味わえて大変宜しいのですけれど……」
『まあ……スザクさん、お加減が悪いのかしら』
電話から聞こえる心配げな声に、神楽耶はキッパリと「いいえ」と答える。
「時間があえば。昼食をスザクと頂く事はあります。
その時、顔色を見る限り病気ではなさそうですわ。」
「そうですか。」
良かった。と、安堵の息が漏れる。
「病気ではなさそうですが───」
言いかけて、神楽耶はうふふと、意味ありげな笑みを浮かべた。
「その、スザクの様子が、何ともアヤシいのです。」
『あやしい?』
「ええ……ルルーシュ様に伺っても、少々寝坊しているだけだとか、資料のまとめがすんでから食べると言っていただとか……
でも、スザクの態度が…………」
そういってまた笑い声を零す。
『神楽耶様。なんですの?その笑い方。』
「あら、私。また笑っていまして?」
『ええ。なんだかすごく気になる笑い方…まるで、面白い悪戯を思いついた子供のようです。』
「悪戯……ええ、そうですわね。とても面白いものが見れますの。」
『面白い……もの?』
「ナナリー様。あの2人、今まで以上に親密ですわよ。
最近、とみにスザクが……」
ここで神楽耶は、一拍間を置いて言葉を続ける。
「キレイ、なんですの。」
『きれい?』
「そうなのです。ひとつひとつの動作が何とも艶を帯びていて……女の私でさえ、どきりとする艶かしさを感じる事があるのですよ。」
神楽耶の隣に控え、署名の必要な書類を差し出している男性秘書の手がびくりと震えた。
離れに逗留している人物を知っている彼の動揺にかまわず、神楽耶は言葉を続ける。
「ナナリー様。近いうちにきっと……」
そこまで話して、神楽耶は言葉を切った。
室内に誰かが入ってきたからだ。
その人物に秘書は狼狽え、神楽耶は目を細める。
「───ごめんなさい。急の来客で……ええ。またご報告しますね。
きっと、ですわよ。電話の向こうの声に勿論と答え、彼女は件の人物に笑いかけるのだった。
小鳥のさえずりが聞こえる……きっと、陽はもう高く上がっているのだろう。
寝床からもぞもぞと起き上がり、スザクは小さく息を吐いた。
隣にいるはずの人物の姿はない。シーツを触っても、僅かな温もりすら感じられなかった。
ルルーシュは、ずいぶん前にこの部屋を出て行ったようだ。
くしゃりと前髪をかき上げ室内を見回す、
きちんと整えられ、昨夜の熱情の痕跡も見受けられない。彼にはぎ取られ床に散乱していたはずの衣服は消え、今、自分は昨夜とは違う寝間着を着ている。
スザクがいる寝室と続き間のふすまは開かれ、隣の部屋の卓には食事が用意されているのが見える。
「────いつもこんな調子だな………」
あの夜の宣言通り、ルルーシュは昼夜を問わずスザクを求めた。抵抗する間もなく愛情に溺れ欲情に流され……気がつくとまた彼の腕に抱かれる。
そんな日々が今日で何日目だろう……
毎日朝食を一緒にという約束も、何度反古にしてしまったか。きっと神楽耶が心配しているだろう。
ふらふらと、続き間に入る。
朝食の膳の横に、小さな紙が置かれていた。
そこにはルルーシュからの言伝が走り書きされている。
『市内に出かけてくる。夕方には戻るよ。
昼食は神楽耶様と食べてくれ、頼んでおくから。』
目を通して微笑む。
只只、ルルーシュに弄ばれる日々だが、あの頃のような戸惑いも混乱もない。とても満ち足りた穏やかな気持ちでいられるj。
再認識したルルーシュへの想い……これはもう絶対に揺るぎはしない。そう確信している。
スザクの中には、小さな決意が生まれていた。
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