「さあ。中を見て下さい。」
「そうだな。」
ナナリーの呼びかけに答えると、ルルーシュはスザクを横抱きに抱え上げた。
「えっ。ちょっちょっと、ルルーシュ!?」
慌てるスザクに構わず、そのまま2階への階段を上がって行く。
「お、下ろしてよ。僕、別に怪我なんかしていないし……」
「駄目だ。長旅で疲れているだろう?体調だってまだ万全だとは言えない。」
「あれからもう、ひと月だよ。大丈夫だってば。」
「いいから。このまま大人しくしてろ。」
言い合いながら上って行く2人を、一同は笑みを浮かべて見送る。
「普通1階から見て回るんじゃないのか?」
「まるで、新婚……」
「あー。そうそう。よく映画で見る。ハネムーン帰りで新居に入るときみたい…な……」
そこまで話して、ジノは、はたと口をつぐんでルルーシュの背中を見る。
「ライの出現で、あの坊やも腹をくくったらしい。」
C.C.が苦笑まじりに言う。
「そうなのか?スザクはそうとは言っていなかったが……」
「まあ。何と仰っていたのですか?」
「それは……横恋慕した人間が嫉妬に狂う程の事を……」
楽しそうに尋ねるナナリーに、ライは渋い顔で答えた。
「私に、お兄様がもうひとり増えるのですね……」
ナナリーは嬉しそうに2階を見上げた。
「ここが、俺とスザクの部屋だ。」
一通り2階を見て回ったルルーシュは、このフロアでひときわ大きな部屋の前でそう言った。
「僕とルルーシュの?だって…いままでは……」
ログハウスに住んでいた頃はひとり一部屋を割り振っていた。
ルルーシュは黙ってドアを開けると、部屋のソファにスザクを下ろした。
そして彼の前に膝をつくと、その両手を包み込んだ。
「もう、片時も離れていたくない。スザク……」
「待って。」
言葉を続けようとするのをスザクが止める。
ルルーシュはその翡翠をじっと見つめた。
「僕にも言わせて……君が目覚めてから一緒に暮らしてきたけれど、僕はずっと大事なことを言わずに来た。
ユフィの事があって……どうしても、ゼロに対する憎しみが消せなかったから……」
ルルーシュの顔が曇る。だが、何も言わずにスザクの次の言葉を待った。
「でも、今回の事で、思い知った。僕がどれだけ君の事が好きなのか。
ルルーシュ……ユフィを撃つとき、泣いていたんだね……僕は、言葉からしか君を知ろうとしてこなかったような気がする。
言葉の裏の、口にできない思いを汲み取ろうとしてきたんだろうか……」
「───Cの世界で見たのか………」
ルルーシュの問いに頷く。
「今まで、解ったような顔をして君の側にいた。君の心を護ると言いながら“ゼロレクイエム”にこだわりすぎていたんだ。
だから、僕をナイトオブゼロだと言ったライの出現で、真実を知られる事ばかりを恐れた。」
スザクは、ルルーシュの瞳を見つめて笑いかける。
「でも、それもたった1つの思いに繋がっていたのが解ったよ。
───愛してる……この間、僕の悪いところも良いところも全部丸ごと愛していると言ってくれたね。
あの時は何も言えなかったけれど、今なら言える。
ゼロの君も、皇帝の君も、そして今の君も……君の嘘も真実も、優しさも厳しさも全部丸ごと愛してる。」
「スザク……」
スザクの方から唇を寄せ、口づける。
触れるだけの優しいキスを交わして見つめ合った。
「馬鹿だな。今更言われなくても、ちゃんと知っているさ。
スザクは、口にしなくても、全身でそう伝えてきてくれていたじゃないか。」
「えっ……」
キョトンとして自分を見つめるスザクに苦笑する。
「でも……ちゃんと言葉にしてくれてありがとう。」
そう言うと、ルルーシュはポケットから小さな箱を取り出した。
「受け取って欲しい。」
箱の中身を出し、スザクの左手をとる。
「ルルーシュ……これ……」
「印が欲しいんだ。誰にでも解る。
俺とスザクの間に誰も割って入って来ないように……嫌か?」
茫然としているスザクに、ルルーシュは不安げに尋ねる。
スザクは大きく頭を振った。
「嬉しい。これをつけていれば、いつも一緒だね。」
微笑むスザクの薬指に、それをはめた。
「ぴったりだ……」
そう言って、愛しそうに指で撫でる。
ルルーシュが渡したのは、2人の瞳の色と同じ紫と緑の石をちりばめたデザインのリングだった。
「実は、俺の分もあるんだ。はめてくれるか?」
スザクは大きく頷くと、ルルーシュの指にはめた。そして、お互いに笑いかけた。
「スザク。誕生日おめでとう。」
「え……」
「今日は7月10日だろう。」
柔らかな笑みとともにかけられた言葉に、スザクの瞳がさらに大きく輝いた。
「───凄い誕生日だ……こんな嬉しい日は無いよ。
ありがとう。ルルーシュ。」
その笑顔は、今まで見た事もないほど幸せそうで、ルルーシュの喜びも深くなる。
「下で、皆が誕生パーティーを開いてくれるそうだ。行こうか。」
差し出される手を握る。
2人は手を取り合って部屋を出た。その手を2度と離す事はない……そう信じて。
Divorce rhapsody
アリエス離宮……ルルーシュとスザクの新居となったこの城で、今ひとつの問題が発生していた。
アイランドキッチンのある広いダイニングから続くリビング……リビングだけでも軽く10㎡あるが…の真ん中にあるテーブルを挟んで、一組の男女が睨み合っていた。
そのテーブルの上に1枚の用紙……
「何も言わずに、とっとと署名しろ。」
「い・や・だ。」
「なに。」
「そもそも、私の同意無しに入籍したくせに、離婚協議に夫が出て来ないというのは、どういう事だ。詫びの1つもあってしかるべきだろう。」
「だから。スザクはまだ眠っていると言っているだろう。」
「ほーお。こんな大事な事を他人任せとは……あいつも、意外と不実な奴だな。」
「違うっ。これは、俺が……」
そこまで言って、ルルーシュは口を閉ざす。相対する魔女の目が細められた。
「やはり、お前が勝手に用意したんだな。どうりでスザクの署名がないはずだ。
ルルーシュ。これは“夫婦”の問題だ。お前が口を出す事じゃない。」
フフンと、勝ち誇った顔で言うC.C.に、ルルーシュの顔が険しくなる。
「何が夫婦だ。書類上の事だけで、実態が伴っていないだろう。
だいたい、スザクは俺のパートナーだ!」
「書類だけじゃないぞ。ちゃんと、ダンナ様を起こすのに“おはよう”のキスで起こしたからな。」
「いっ…いっ…いっ…いつ、どこで!?」
魔女の目が妖しく笑う。
「教えてなんかやらん。夫婦のプライバシーだ。」
“夫婦”を連発するC.C.に、ルルーシュは手をわななかせる。
そんな険悪な2人を横目で見ながら、ライはひとり黙々と朝食をとっていた。
時刻は午前6時……早朝から何をやっているのだとお思いだろうが、実は喧騒中の2人は、昨晩からずっとこの調子なのだ。
昨夜、ナイトキャップにブランデーを飲もうとキッチンにやって来たライは、リビングの明りがついているのに気づいて覗いてみると、C.C.とルルーシュが今の調子で揉めていた。
君子危うきに……と、見て見ぬ振りで必要なものを持って自室に引っ込んだのだが、朝起きてみればまだ続いていたという訳だ。
食事を済ませると、ライはキッチンに戻り、朝食を準備し始める。しかも一人分だけ。
出来上がった朝食をトレイに載せ、部屋を出ようとする彼を、ルルーシュの鋭い声が止めた。
「ライっ。それをどこに持って行く気だ。」
ルルーシュの方を見れば、先ほどまでリビングのソファに座っていたはずが、こちらの方へ凄い勢いでやってくる。
「それをどこに持って行くのか聞いているんだ。」
「スザクのところだ。お前達は忙しそうだから、部屋で食べた方がいいだろう?」
「余計なお世話だ。スザクが起きてくるまでには済む。
そうすれば、ここで一緒に食べればいい事だ。」
「──終わるのか?夕べから徹夜だろう。」
寝不足で疲れた顔のルルーシュに、ライは薄く笑う。
「とにかく、余計な事はするな。朝食を届けるなら、それは俺の役目だ。」
ライの手からトレイを奪おうと手をかける。ライも奪われまいと、トレイをがっしりと掴んだ。
ライとルルーシュは、朝食の載ったトレイを挟んで睨み合った。
「スザクはまだ眠っているんだ。ゆっくり寝かせてやればいいだろう。」
「誰が、寝室まで届けると言った。私にだってプライドはある。人の男にいつまでも未練がましくつきまとったりしない。」
「私を殺して、夫を奪ったくせに。」
「夫、夫と軽々しく言うな!」
ルルーシュがC.C.を怒鳴る。
「あの時は、精神状態が普通じゃなかったんだ。
そもそも、なんでもないのに夫婦の真似なんかするからややこしい!」
「お前が勝手に勘違いしただけだろう。それで、スザクも引っ込みがつかなくなったんだ。」
「───お前のせいか……!」
ギロリと睨むルルーシュに、ライの顔が引きつる。
「……どうやら、その辺も含めて3人でじっくり話し合った方が良さそうだ。
とにかく、これを届けてくるから、手を離せ。」
「手を離すのはお前の方だ。スザクに必要以上に近づくな。」
ついに、ライもキレた。噛み付かんばかりのルルーシュにこめかみをヒクヒクさせる。
「だーかーら。お前達の部屋のリビングに置いてくるだけだ。
大体。リビングと寝室だけでなく、キッチンやバスルームのある部屋なんか作りやがって。同じ建物に住んでいるのに、顔を合わせる機会が少ないじゃないか!」
怒鳴るライに、ルルーシュはフンと鼻で笑う。
「同居人が増えたからな。2人きりの時間を大事にするためだ。」
2人の態度は険悪さを増して行き、C.C.はそれをニヤニヤしながら見ている。
「おはよう。」
一発触発のムードが、この一声で霧散した。
「スザク……」
「おはよう。目が覚めたのか。」
努めて平静に笑いかけるルルーシュに、スザクも笑顔を返す。
「うん。目が覚めたら、ルルーシュがいないからびっくりしちゃった。早かったんだね。」
「ああ。お前はよく眠れたのか?体調は……気分悪くないか?」
しきりと体調を気にするルルーシュに首を傾げていたが、昨日の事を思いだし、恥ずかしそうにする。
「そうか。僕、昨日パーティーの途中で酔いつぶれちゃって……皆に悪かったな。」
ルルーシュとスザクの引っ越し&スザクの誕生パーティーの席上、主賓のスザクは、差し出されるアルコール類にすっかり酔ってしまい、ルルーシュが寝室に運び込んだのだ。
実は、これがルルーシュの策略だとは、スザクは気がついていない。
「大丈夫だよ。みんな楽しんで帰ったから。」
気遣うルルーシュに、スザクもほっと微笑む。
「それにしても、朝から賑やかだけど、どうしたの?」
トレイを握ったまま、向かい合ってダイニングのルームの入り口に立っている2人に、首を傾げる。
「あっいや。これは……」
ルルーシュが慌てて手を離すと、ライはクスリと笑った。
「起きれないのかと……朝食を用意したのだが……」
「僕に?ありがとう。おいしそうだね……こっちで頂くよ。」
「じゃあ。テーブルに運ぼう。」
いそいそと準備を始めるライを、ルルーシュは忌々しげに見る。
ライに続いてダイニングに入ったスザクは、そこにC.C.がいるのに気がついた。
「あれ。君も…ずいぶん早いね。
「──起きた訳じゃない。夕べから寝ていないんだ。こいつのせいで。」
そう言ってルルーシュを睨む。
「ルルーシュ?」
訝しげな表情で自分を見るスザクに、視線を彷徨わせる。
「原因はこれだ。」
C.C.は、離婚届をスザクの前に突き出した。
「ああー。」
離婚届,C.C.、ルルーシュの順に見たスザクは、全て納得いったというように微笑むと、離婚届を受け取る。
そして、ペンを持って署名すると、にっこり笑ってそれをC.C.に返した。
「ごめんね。サインしてくれるかな。」
「───仕方ないな………」
苦笑するとあっさりサインしたC.C.に、ルルーシュは愕然とする。
「お…お…おまっお前……っ!」
「だから“夫婦の問題”だと言ったろう。」
敗北にうち震えるルルーシュの肩を叩き、ライが慰めるような笑みを向ける。
「ルルーシュも、こっちで朝ご飯食べよう。」
「あ…ああ。」
スザクに誘われるままダイニングテーブルに足を向けるルルーシュに、魔女が声をかける。
「ルルーシュ。お前、これをいくらで買い取る……?」
楽しそうに笑う魔女の手には、2人の署名入りの離婚届がヒラヒラ………
一難さってまた一難………
ルルーシュの怒声が、白亜の城に轟いた。
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