ジノは、自分の前に座る父の顔を凝視していた。
今、この人はなんと言ったのだろう。父の言葉がすぐには理解できなかった。
顔を強ばらせて絶句する息子を前に、ヴァインベルグ侯爵も困惑を隠しきれずにいる。
「───父上……今、何とおっしゃいましたか。」
やっとの事で開いた口からは、問いかけの文句しか出ない。
ヴァインベルグは、1度呼吸を整えると静かに話しかけた。
「陛下が……お前を騎士にお望みだ。
ナイトオブラウンズの第3席をお前に与えると……そう、ナイトオブワン…ヴァルトシュタイン卿に仰られたそうだ。」
親子は再び沈黙した。
まさに青天の霹靂だ。軍人になって日も浅く、目立った軍功もあげていないというのに何故……どこで陛下の目にとまったのか。
信じられないという顔の息子に、父親は小さく息を吐くと説明しだした。
「先日の模擬戦以来、ヴァルトシュタイン卿からお前を手元で教育したいと、仕官のお誘いがあったのだ。
だが、お前はスザク殿下の騎士候補として、殿下とともにコーネリア様お預かりが決まっている身。丁重にお断り申し上げたのだが、卿は殿下とお前が正式に主従となるまでは諦めるつもりはないと仰っておいでだった。
スザク様が、お前の騎士叙任を撤回された事で、卿に報告と、まだ仕官は可能か伺いに行った。」
「父上っ!」
本人の意思の確認もないままの行動を非難する声を上げれば、父は強い口調で自分を正当化する。
「スザク様もよく解っておいでなのだ。お前の騎士としての栄達を考えれば、ご自分の騎士になるべきではないと。
父親である私が、よりよい仕官先を探すのは当然のことだろう!」
親の思いやりなのだと言われてしまえば、子供であるジノには何も言う事は出来ない。苛立ちで、膝の上の手を握りしめる。
「ヴァルトシュタイン卿は、喜んでお前を引き受けると言って下さった。
そして………」
先ほど、皇帝の使者として、当のナイトオブワンがヴァインベルグ邸を訪れたのだ。
スザクを見舞ったジノが家に戻ると。興奮した母親にすぐ父の書斎に行くように言いつけられ、現在に至っている。
「一体……陛下は何故私を……」
「今回のスザク様誘拐事件で、お前が一番にお助けしたからだそうだ。
あれは誰に仕えているのかという問いに、ヴァルトシュタイン卿が近々自分の配下に置く者だと申し上げた所、では、お前がラウンズとして育てよと仰せになったそうだ。」
「………私が……ラウンズに………」
「良かったな。ジノ。お前の実力はナイトオブワンも認めて下さっている。騎士としてこれ以上の誉れはないぞ。
私も、父として鼻が高い。でかしたぞ、我が息子よ。」
涙を滲ませて喜ぶ父に、呆然としながら礼を告げたが、困惑するばかりだ。
ずっと、スザクと共に闘うと誓ったばかりなのに…………
「スザク……ジノの事なのだが………」
病室に入ってきた兄の、言いずらそうな顔に微笑んでみせる。
「知っています。ラウンズに決まったそうですね。
さっきまで、ジノが来ていたんです。」
「そうか……本人に聞いたか………」
シュナイゼルは、ほっと安堵の息を吐いた。
「ジノったらおかしいんです。おめでたい話だというのに辛そうな顔をして……僕に謝るんです。」
クスクス笑うスザクの頬に、兄の手が添えられる。
「お前も……今にも泣き出しそうな顔をしているよ。」
「そ…そんな事は……」
慌てて否定し、目を軽く伏せる。
「ナイトオブラウンズと言えば騎士の最高峰。僕の側にいるよりも、彼のためにはいい事です。」
「だが、お前にとっては最悪だ。」
シュナイゼルの言葉に唇を噛み締める。
「父上の、お前に対するなさり様には解せない事が多い……
お前を誘拐し傷つけたフランツ達をすぐに処罰したかと思うと、お前を護るための騎士は、ご自分が取り上げてしまわれる。
お前がこの国で力を持つためには、騎士は不可欠だと私は考えている。それを阻止するようなやり方は、納得がいかない。
………父上は、お前の何を恐れているのだろう。」
「陛下が、僕を恐れている………?」
「もしくは………こっちの考えの方が正しいかもしれないな。
陛下は、お前をこの国で飼い殺しにするおつもりなのだろう。
お前の命は惜しいが、必要以上の力を与えるおつもりはない……」
スザクは、黙って両手を握りしめる。
そんなスザクに、シュナイゼルは真剣な顔で言葉を続けた。
「スザク。───私は、父上にご退位頂こうと思う。」
弾かれたように、スザクは顔を上げた。普段穏やかな兄の瞳に、獣のような獰猛な光が宿っている。
「兄さん………」
「お前がこの国に連れて来られた時から、あの方の真意を知ろうと探索していた。
父上は、政とは無縁の輩を集め、何やら研究なさっているらしい。
日々お忙しい中、ご興味のある事を研究なさるのは、趣味としては特に問題ではないと思う。
だが、そのための設備に莫大な公費をつぎ込み、国の政策さえも利用しているとなると……陛下のなさっている事は、公費の横領であり職権の乱用に当たる。
お前の生まれ故郷を侵略し、この国に捕らえている真の目的は、父上の研究にあるのだと、私は確信している。
その研究が国益に叶うものなのか……そうでないとなれば……力ずくでも皇帝の椅子から降りて頂かなくてはならない。」
「兄さん……それは…クーデターを起こすと………」
目を見開いて自分を見つめる弟に、シュナイゼルは穏やかに微笑む。
「勿論、今すぐという話ではない。
父上の研究の正体を見極め、同志を募って自分の足下を固めなくては、動く事は出来ないからね。
そのための布石は、この6年で打ってきている。
シャルル・ジ・ブリタニアの時代は、早晩終わらせる。」
強い口調で告げられた言葉に息を呑む。
「スザク……私と一緒に闘ってくれるか?
お前の自由と権利を奪ったこの国のために……」
「僕は、この国に全てを奪われたとは思っていません。
この国に来たからこそ、貴方に出会えた。兄弟として受け入れ、大切にしてくれる人達にも……だから、その人達が笑顔でいられるために闘いたい。僕からもお願いします。一緒に闘わせて下さい。
この国の指導者の過ちを正すために。」
まっすぐに見つめてくる翡翠の強い煌めきに、シュナイゼルはゆっくりと頷くのだった。
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