スザクが次に目を覚ました時は、病院のベッドの上だった。
兄や姉達は、スザクの目が開かれるまでずっと付き添い、病院関係者に気苦労をかけ続けて、スザクが元気な笑顔を見せるとやっと安心して返って行った。
「連中の処分が決まったよ。」
兄弟達を見送り病室に戻ってきたシュナイゼルが言う。
「フランツとピエールは、皇籍を返還して罪を償った事になった。
エレイン皇妃は子供達の監督不行き届きを理由に離縁され、実家に戻される事になった。彼女の生家も、大侯爵から男爵に降格させる事になる。
宮中は、今この話題で持ち切りだ。これで大分静かになると思うよ。」
ご満悦の表情で語るシュナイゼルに、スザクの顔も晴れ晴れとしている。これで、しばらくは煩わしい思いはしないですみそうだ。
事件発覚から僅か1日で下された処分に皇帝の怒りのほどが伺い知れ、スザクやシュナイゼルの事を快く思っていない者達は、鳴りを潜めるしか無くなったからだ。
「それと、スザク。騎士の事なのだが。」
「はい。」
肩を震わせ、神妙な顔で兄を見る。
こんな事件に巻き込まれたばかりだ。騎士を早く決めろと言われて当然だろう。
そう身構えていたスザクは、シュナイゼルの次の言葉に呆然とした。
「その話は、白紙に戻す事にした。」
「あ、兄上?」
「勿論、お前が今回の事を鑑みて誰かを指名するというのなら、大歓迎だがね。
私が、候補として推していたジノ本人の申し出もあり、私からお前に働きかける事は止めにするよ。
お前が、自分の考えで決めるがいい。」
「……ジノが、騎士を降りると……?」
「いや。彼は、諦めるつもりはないらしいよ。
だから、今度は喧嘩などせずに、ゆっくり落ち着いて話し合いなさい。」
シュナイゼルが目配せする。ドアの側に控えていたカノンが扉を開くと、そこにジノが立っていた。
「2人の将来の事だ。納得するまで話し合ったらいい。」
シュナイゼルとカノンは出て行き、部屋には2人だけが残された。
お互い、気まずそうに目を彷徨わせていたが、口を開いたのはスザクが先だった。
「ジノが助けにきてくれたとき、フレイザーに指を切り落とされそうになっていたんだ。」
その告白に、ジノは目を見開いた。
「そのとき、本当に怖かった……指を失っては、剣が握れなくなる……それがとても怖かった。」
「スザク?」
「ジノ。僕は、護られるより、誰かのために闘いたい。そのための力が欲しいんだ。」
「その誰かとは、シュナイゼル様の事か?」
「兄さんだけじゃない……僕を気遣ってくれる人達……僕を大切だと言ってくれる人達のために。」
まっすぐに向けられる翡翠に、ジノは息を呑む。
そして、小さく笑うと目を伏せた。
「───きっとそうなんじゃないかと思った。」
微かな笑みを浮かべて自分を見る友に、スザクは目を瞬かせる。
「何故、もっと早く気がつかなかったんだろう。お前は、ただ護られているだけの存在じゃないって……いつだって闘っていた。
そう……初めて見た時から……」
むせ返るようなバラの芳香の中、花びらを散らしながら大人に立ち向かっていた小さな少年。
その新緑の瞳には、今でも静かな闘志が燃えている。
彼が、その瞳を煌めかせて闘うのはいつも、自分のためではなく、彼が護りたいと願う人のためだった。
「ジノ……僕には、ずっと前から願っている事がある。
でも、これは……口にしてはいけない事だ。僕が、その願いを叶えようとしたら………」
「………それは……お前の“親友”に関わる事じゃないのか。」
その問いに黙って頷く。
「彼が……僕と別れ際に言った事を実現したい。
でも、そのために行動を起こせばきっと………」
「兄上様や私達の立場が危うくなる……?」
「それだけじゃない。僕はきっと、皆の敵になる。」
強い輝きを放つ翡翠を見つめ返す。
「そのために、ブリタニアの軍属になったのか。」
ジノの問いかけに、スザクは初めて困惑の色を見せる。
「それは……僕にもよくわからないんだ。自分の気持ちが……
彼の願いを叶えたいという思いと、シュナイゼル兄さんの役に立ちたいと思う気持ちがあって、いつも自分の中で葛藤している。
両方叶えるという事は、多分出来ないから………」
「その願いとは一体何なんだ。大丈夫。お前の騎士を志して6年だ。秘密を口外する事はないから。」
真剣なジノの青玉の瞳を見つめていたスザクは、意を決して口を開いた。
「───神聖ブリタニア帝国の破壊。」
その答えにジノは目を見開き、弾かれた様に笑いだした。
唖然とするスザクを前に、ジノは笑い続ける。
「まったく……私の皇子さまは、なんて途方もない事を………!」
ああ。でも、スザクらしい。そんな大それた事を考えていながら、兄上様や私達の事を気遣うなんて………
「やればいい。ただし、その時は私も一緒だ。」
不敵な笑みを浮かべる友人に、スザクの目が見開かれる。
「言ったろう。一生側にいると。お前が修羅の道を行くと言うなら、私も一緒に行く。何も迷う事などない。」
「ジノ。でも……」
「──スザク。おまえ以上に大切なものなどないんだよ。」
「で、でもっ。」
まだ言い募ろうとするスザクを抱きしめる。
「帝国がどうなろうと、私には関係ない。お前の側にいられれば、世界中を敵に回してもいい。私の心は9歳の時に決まっているんだ。」
「ジノ……」
抱きしめてくる背中に手を回そうとして止める。
「ジノ……僕は……君の気持ちには応えられない………」
「うん……」
「僕には……君の事を友人以上には思えないんだ。」
「ああ、分かっている。でも、私の気持ちは変わらない。
正直な所、今すぐにでも押し倒したいくらいなんだ。」
「ジッ……!」
咎めるような響きで声をあげ睨みつけてくるスザクの顔が紅潮している事に目を丸くし、次いで笑みになる。
「でも、もうしない。お前の気持ちを無視して自分の感情を押し付けるような真似は……あの後すごく反省したんだ。
嫌われて軽蔑されて当然だと思った……でも、スザクは、嫌っていないし友達だとも言ってくれた。
だから、もうお前の気持ちを裏切るような事はしない。」
強ばらせていた表情を和らげるスザクに、ジノはまた真剣な顔になる。
「私に、背中を預けてくれないか。騎士を諦めるつもりはないが、お前にその意志がないのなら、一緒に闘う事は許して欲しい。
援護くらいはさせてくれ。」
スザクは、ジノの青玉をじっと見つめ、黙って頷く。
「ありがとう。ジノが味方になってくれれば、これほど心強い事はない。でも、これこらどうするのか明確なビジョンがある訳じゃないんだ。」
「うん。でも、多分スザクはこのままを貫けばいいと思う。
それが兄上様のお役にも、ルルーシュ様の願いを叶える事に繋がっていくと思う。」
「そう……かな。」
「ああ。私が保証する。だから…これからもよろしく。」
笑顔で差し出す手を握り、スザクも笑顔を向けた。
病室のドアを閉め、ジノは小さくガッツポーズをする。
「やった……」
スザクとの関係が壊れる事無く、新たな信頼を築く事にも成功した。
もう、騎士にこだわる事もない。
それに……あの時のスザクの表情。
「まだ、脈ありだな。」
きっと、「友達としか思えない」の前には、『まだ』という単語がつくはずだ。勘でしかないが……間違いない。
背中は預けてくれる気になった。心ごと全てを委ねてくれる日も来るかもしれない。
そんな期待を持てるようになるとは……すごい進歩だ。
勢いに任せて告白した成果だろうか。
「スザクには押しの一手が効くのかもな。」
ニヤニヤしながら歩くジノに、横から声がかけられる。
廊下の角にカノンが立っていた。何やら含みのあるその表情に、怪訝な顔をする。
「マルディーニ卿。どうなさったのです。シュナイゼル殿下とご一緒じゃ……」
「殿下の指示でここにいるのよ。2人の話し合いの結果を聞くために。」
「残念ながら、スザク様のご意志は固いようです。」
「そう。その割には機嫌よさそうね。」
「そ…そうですか?」
顔を引きつらせるジノに、カノンの目が細められる。
「ふうん。スザク様とは、上手くいっているみたいね。」
「えっ?」
「想いは通じたんでしょ?」
興味津々な様子で尋ねてくるのに目を瞬かせる。
「スザク様との事よ。」
「えっえっえっえーっ?」
問いかけに慌てまくるジノに、カノンは呆れる。
「なに慌てているのよ。スザク様に、キスマークつけたの貴方でしょ。」
ズバリ言い当てられ、ジノはフリーズした。
蒼白のジノに、カノンは微笑する。
「安心しなさい。シュナイゼル様は、犯人グループの誰かだと信じているから。仲間割れの結果、その罪はフレイザーにかぶせられたわ。」
「マ…マルディーニ卿……」
半べそで自分を見る少年に、カノンは笑みを深くした。
「心配しなくても大丈夫よ。シュナイゼル様は2人の関係に気づいていないわ。」
「マルディーニ卿は、いつから……」
「あら。貴方がスザク様の騎士を志願した時から、ちゃーんと分かっていたわよ。
いつ告白するのかやきもきしていたけれど、いつの間にか出来上がっていて、驚いたわ。」
クスクス笑う彼に、顔を引きつらせる。
「大丈夫よ。私は2人の味方だから。
シュナイゼル様に認められるように応援するわ。」
「あ…ありがとうございます。」
まさか、告白したばかりで、しかもふられた所だとは言えず、引きつった笑みで礼を言う。
そんな彼に、カノンは楽しそうに目を細めると耳打ちするのだった。
「若さに任せて、殿下に無理させるんじゃないわよ。
すぐにバレちゃうんだから。」
「は…ハハハハハ…………」
何とリアクションしていいのか分からず、乾いた笑いを漏らすジノだった。
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