「はい。スザク殿下を無事保護しました。犯人はまだ隠し部屋に……全員で6人です。シュナイゼル殿下とマルディーニ卿が足止めを…はい。お願いします。」
「コーネリア姉上か……?」
「ああ。」
淡い照明の薄暗い通路を歩くジノに、腕の中のスザクが声をかける。
常の彼ならば自分で歩く所だろうが、よほど疲労したのだろう、大人しく腕の中に収まっている。見上げて来る翡翠も、どこかぼんやりとしている。
「もうすぐこっちに合流なさるよ。早くシュナイゼル様の応援に行って頂かないと。6対2では分が悪すぎる。」
気遣わしげに話すジノに、スザクはクスリと笑った。
「あの中で、まともに相手になるのはフレイザーくらいだよ。」
「フレイザー卿と言えば、軍でも屈指の剣豪だぞ。」
「うん、そうらしいね。でも、多分心配ないと思うよ。
兄上は、能ある鷹は爪隠すの典型みたいな人だから……」
「───?そうか。」
スザクの言う事がよく理解できないものの相づちを打ち、ジノはおそるおそる話しかける。
「スザク……その……昼間は本当にすまなかった。
どうかしていたんだ……スザクの事、好きなのは本当なんだ。でも、頭に血が上って……歯止めができなかった。スザクの気持ちを無視して、乱暴して……嫌われて許してもらえなくても当然だ………だけど、謝らせて下さい。」
絞り出すような声で頭を下げるジノに、スザクは穏やかな笑みを浮かべる。
「ジノ……嫌いな人間に、助けを求めたりしないよ……」
少し舌足らずで言った言葉に、ジノは目を見開く。
「……ごめ……なんだかすごく眠たくて……寝てもいいかな。」
「疲れが出たんだ。眠ったらいい。ちゃんと皆様の所へ届けるから。」
「うん……ありがと……安心したら、気が抜けた………」
言い終わらぬうちに寝息を立てる。力が完全に抜け、身を委ねてくるスザクを、ジノはしっかりと抱え直した。
「おやすみ……」
感謝と愛しさで、腕の中の皇子を優しく見つめる。
嫌いではないと言ってくれた。自分に助けを求めてくれた。ジノは、天にも昇る心地だった。
まだ、望みはあると思っていいのだろうか。
つい、数時間前にはあんなに深く反省したというのに、もう、図々しくこんな事を考える自分に苦笑する。
懲りない人間だな……私という人間は。
「ジノ!」
進行方向から、コーネリアが部下と共に走って来るのが見える。
先導しているのはキース・マシューズだ。
「殿下は?」
いち早く2人の元に駆け寄ると、ジノの腕の中のスザクに眉根を寄せる。
「出血が少しありますが、大きな怪我などはなさそうです。
疲れて眠っておられるだけですから………」
「そうか。」
安堵の息を吐くが、表情は曇ったままだ。
「ああ……折角の華の顔が、血で汚されて台無しだ。」
残念そうに呟くキースに、ジノは呆れた。
「マシューズ卿。殿下は皇子でいらっしゃいますから……」
「そんな事は分かってる。だが、スザク様は我が部隊の華だからな。
カワイコちゃんの顔に傷をつけた野郎は許さないぜ。」
「それじゃあ。私の分もお願いしますよ。こっぴどく叩きのめして下さい。」
「承知した。」
そんな軽口を交わしている所へ、コーネリアが血相を変えて駆け寄ってくる。
「スザク!しっかりしろっ!」
必死の形相で呼びかける皇女に苦笑する。
「寝ていらっしゃるだけですから。」
「そ…そうか。」
気配に気づいたのか、スザクの瞼がピクリと動いた。
「スザクッ。」
「……姉上……」
ぼんやりと焦点の定まらぬ目で、コーネリアを探す。
泣き出しそうな顔の彼女に微笑んだ。
「大丈夫です。ただ……少し疲れました。」
「頭の傷は?痛まないか。」
「頭を殴られた時に切れたのだと……今は痛くありません。」
「そうか。静かに……丁寧に運ぶのだぞ。」
ジノに厳命すると、スザクに柔らかな笑みを向ける。
「外に、兄上とクロヴイス、ユフィも待っている。皆、お前の無事な姿を見れば安心するだろう。」
「はい……ご心配をおかけして………」
「ここは、謝る所ではないぞ。」
姉の注意に苦笑する。
「助けにきて下さって、ありがとうございます。」
「ああ。さて……兄上の応援に行くか。しかし、兄上も今回はさすがに本気らしいからな……私の出る幕はないだろう。」
そう言ってギルフォードに指揮を任せると、コーネリアは2人と共に来た道を戻るのだった。
息子の部屋から、コーネリアと共に騎士に抱きかかえられたスザクが出てくると、エレイン皇妃の顔は蒼白となった。
「そんな馬鹿な……い、一体どこに………」
「フランツの部屋の地下通路の先にある隠し部屋です。」
「隠し部屋?」
「皇妃様がご存じないはずはないですよね。
各離宮には、万一の際、陛下のお命を守るため避難通路とお隠れになるための部屋が用意されているのです。
フランツはフレイザーと共にそれを悪用し、スザクを誘拐監禁していたのです。」
「そんな……何かの間違いです。」
「エレイン様。そもそも、陛下のためのお部屋をフランツに使わせていること自体問題です。
軍本部にご同行願います。特務部には通報済みですので。」
「ああ………」
ジノの腕の中でぐったりとしているスザクに言い逃れは出来ないと悟り、皇妃はへなへなと座り込んだ。
実のところ、スザクはまた眠りに落ちていて、安らかな寝息を立てていたのだが。
うめき声と共に床に倒れふす騎士に、2人の皇子は腰を抜かした。
「そ…そんな。信じられない。」
「あのフレイザーを、こんなあっさりと………」
付いた血を払い落とし、シュナイゼルは剣先を2人に突きつける。
2人は、ヒイッと悲鳴を上げると、身を寄せ合って床にへたり込んだ。
その様子に、シュナイゼルは呆れて嘆息すると、剣を収める。
「シュナイゼル様が騎士をお持ちにならないのは、騎士など必要ないほどお強い事と、これほどの技量をお持ちのこの方に釣り合う騎士がこの国にいないからなの。
騎士の最高位と言われるナイトオブラウンズを除いてはね。」
カノンが、自分の仕える皇子の自慢話をしている間、2人の皇子と3人のならず者は、ガタガタと震えるばかりだ。
「なんとも馬鹿馬鹿しい幕切れだ。もう少し骨があるのかと思ったのだが…残念だよ。私が本気で相手にするほどの人物ではなかったようだ。
身の程も弁えぬ弟の躾は、これきりにして欲しいものだ。
もっとも、君達が皇子のままでいられる確率は皆無だけれどね。」
「ただでさえ誘拐は大罪だというのに、その対象が皇族とあっては……極刑は免れませんわね。」
カノンは、薄笑いで一同を見回す。
「もし、命が惜しければ、皇籍を陛下にお返しし、お慈悲に縋るのだね。君達の母上のご実家も無事ではすまされまい。
ここは、エレイン皇妃の離宮の中……彼女に全く責任がないとも言い切れないからね。」
フランツは、何も言えずがっくりと肩を落とす。
ピエールは、なんとかしてくれとシュナイゼルに泣いて詫びながら縋るが、冷徹な視線に恐れおののき身を縮込ませる。
弟達の仕置きが終わると、シュナイゼルはおろおろと怯える男達に視線を向けた。
「さて、君達に尋ねたいのだが……私の弟の体に触れる以外の事はしていないだろね。尤も、皇族の体に許可無く触れた時点で、君達の死罪は確定しているのだが……それ以上の事をしているとなると……」
睨みつける青年に、一同震え上がる。
「もっ勿論でございます。全て終わるまで手を出すなと、この旦那にきつく言われてましたから。」
一味のリーダーが、びくびくしながら、床でさされた腹をおさえて苦しんでいる騎士を指して言う。
シュナイゼルは眉をしかめた。
「嘘はよくない。正直に話したまえ。私の弟の首に痣をつけたのは誰だ!?」
シュナイゼルの剣幕に、男達は震え上がる。
最初からついていましたと言った所で、信じてもらえないだろうと悟った彼らは、揃って自分たちの雇い主を指差した。
「そうか……止めを刺さなくて、本当によかったよ。」
シュナイゼルの微笑みに、男達は卒倒寸前まで恐怖し、カノンも彼に負けぬ程楽しげな、悪魔の笑みを浮かべるのだった。
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