共に煌めく青玉の【騎士ー2】※R18 - 10/10

 月光に庭園のバラが蒼白く輝く。
 『マリアンヌ』かつてこの城の女主人であった皇妃の名をつけた白バラが咲き誇り、それは妖しげな光を放っているかのように錯覚させる。主を失い、近づく者も少ない白亜の城は、その背に蒼く輝く月を負い、それを取り囲むようにある森の影を映して不気味さをも醸し出していた。
 その城に近づくものがある。
 住む者が無くとも美しく整えられた庭の、森に面した裏口から入った人影は、月の光を恐れるように建物の影にまぎれ息を潜めて城の壁に沿って回り込む。
 人影は、城の森への出口に当たる扉に辿りついた。
 鍵のかかっていないそこから滑り込むように中に入る。
 建物の中には全く灯りはない。窓から射し込む月光が唯一の光源だ。
 持参したライトで辺りを探り、手の中の見取り図を頼りに階上への階段を探り当てる。
 使用人のためのその階段は、城の顔とも言えるロビーに繋がるそれとは正反対に簡素で、石積みの狭い階段を靴音が響かぬように注意しながら、ひとつひとつ踏みしめ、その人物は目的の場所へと辿り着いた。
 階段を上りきった右手の小部屋。かつてここに仕えるメイドのための部屋であったそこは、建物の丁度真裏に当たり、城の背後に茂る森の木々に遮られ、そこにもし光があったとしても外からは確認できないだろう。
 侵入者はその扉を2回叩くと、中へ滑り込んだ。
 先に中にいた人物が、ランプに灯をともす。
 室内はオレンジの光に照らし出され、一瞬その眩しさに目がくらんだ。顔の前に手をかざし、灯りをつけた人物を確認する。
「殿下?」
「やあ、ジノ。誰にも気づかれずに来れたようだね。」
 互いの金糸の髪をランプの灯りがより輝いてみせるのを見た。
 穏やかな声で話しかけてくる第二皇子に、ジノは緊張した声で答える。
「はい。家の者にも内緒で抜け出してきました。」
「そうか。大変な思いをさせて申し訳なかったね。」
「何故、ここに、こんな夜更けに呼び出されたのです。」
「帝国宰相である私と、皇帝の騎士に内定している君が2人きりで会っていると知れては、よからぬ噂を立てられるかもしれない。
 それでは互いに困った事になってしまうからね。
 ここが、亡くなられたマリアンヌ皇妃の居城で、ルルーシュとナナリーの生家だという事は君もよく知っているだろう。
 そして、ここが『不浄の城』と呼ばれ、他の皇族や貴族達が敬遠している事も。」
「はい。」
「だから、密かに会うには好都合だと考えてね。
 幸い、この城の管理は私が任されている。
 もうすぐその仕事は、スザクに譲るつもりだ。陛下からもお許しを頂いている。そうすれば、スザクは誰はばかる事無くここに来る事が出来る。そして、皇宮警備の責任者であるラウンズの君が、たまたまこの城に来ているスザクに会ったとしても不思議な事ではない。」
「シュナイゼル様……」
 一人言のような彼の言葉に、ジノは目を瞬かせる。
「ジノ。君に確認しておきたい事がある。
 今でも、スザクの騎士になりたい気持ちはあるか。」
「もちろんです。」
 迷う事無く答えるジノに、シュナイゼルは口の端をつり上げる。
「私が主と定めるのは、スザク・エル・ブリタニア殿下ただお1人。
 残念ながら、殿下には望まれず、他のお方に望まれ、不幸な事に、私がお断り申し上げれる立場になかっただけで、私の主になられるお方に心より忠誠を誓うつもりはありません。」
「だが、君はこれから陛下の剣となり盾となる立場だ。」
「私が、忠と義をたてるのは神聖ブリタニア帝国です。
 専制君主制を執る我が国では、皇帝陛下と同義ではありますが……
 陛下をお護りする事が、ひいてはこの国の民を護る事に繋がると考えます。」
「───つまり、ラウンズとなり闘うは………」
「スザク様をお護りするために他ありません。」
 まっすぐに自分を見つめてくる青玉の瞳に、シュナイゼルは笑みを深くする。
「やはり、私の目に狂いはなかった。
 ジノ。これから私は重大な告白をする。皇帝の騎士である君にとっては見逃す事の出来ない事だ。」
 真剣なシュナイゼルの言葉に、ジノも真剣な表情で頷く。
「帝国の剣として、私を討つのは君の正当な職務だ。
 だが、私がここを生きて出る事が出来れば……私は君を同志と考えよう。」
「シュナイゼル様が私に伝えようとなさっている事は……帝国のためになる事なのでしょうか。」
「私は、そう信じているよ。
 スザクは、君の事を盟友だと言っていた。」
 その名に、ジノの目が煌めく。
「伺います───。」

「僕に、紹介したい人物……ですか?」
 退院し、日常を取り戻したスザクに、シュナイゼルは微笑む。
「私の配下の技術部門責任者なのだがね。お前を是非、チームに加えたいと言うのだよ。」
「技術部門……?僕には畑違いな部署に思いますが。」
「とーんでもない。殿下のずば抜けた運動能力と、軍でもトップクラスのナイトメア適合率が是が非でも必要なんですよォ。」
 突然かけられた頓狂な声に、スザクはギョッとなって振り向く。
 彼が兄と話している宰相執務室。そのドアの前に、いつの間に入ってきたのか、銀髪に眼鏡のひょろ長いという形容がぴったりの科学者風の男が立っている。
「はじめましてェ。私、特別派遣嚮導技術部で主任を務めております。ロイド・アスプルンドと申します。あ、軍の階級は少佐ですぅ。」
 異様なテンションで自己紹介するその男に唖然としながらも、座っているソファから立ち上がり挨拶する。
「はじめまして。アスプルンド少佐。スザク・エル・ブリタニアです。」
 握手を求めるスザクに恐縮する事無く、両手でがっちりと掴みブンブン振り回すその男にあっけにとられる。
「お会いできて光栄です。殿下。
 いやー。殿下の戦歴と戦闘データを拝見して、もう貴方様しかいないと確信しました。」
「あっあの。一体どういうお話なのでしょう。」
 興奮状態のロイドに戸惑い、兄に助けを求める。
「彼は、ナイトメアの開発技術者でね。
 今手がけている新型ナイトメアの、テストパイロットを探しているのだよ。」
「ハイスペックを追求しすぎて、適合するパイロットが全く見つからなかったんですよ。
 殿下にご相談に伺った時に、偶然スザク様のデータを拝見しまして……」
「あれは、私が見ていたデータを横から盗み見たと言うのが、正しい表現だと思うけれどね。」
 上司の苦情も全く気にした様子も無く、ロイドは話を続ける。
「どうです?第七世代ナイトメア、乗ってみたいとは思いませんか。
 きっと、世界がガラッと変わっちゃいますよぉ。」
「世界が、変わる………」
 薄い笑いを浮かべる科学者を、スザクは目を見開いて見つめた。

 時は流れ行く────
 人々の思惑に関わらず。
 やがてそれは全てを巻き込む濁流となって、人々を翻弄して行く。
 それに抗いながら生きるのが、人間なのだろう。
 時は流れ行く────
 全ての想いを攫って、1つの奔流となって───

──共に煌めく青玉の・完──

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