ニッポンの皇子さま その19

「まあ。それで帰りが遅くなったの。仕事中の宰相閣下の執務室に押し掛けるなんて……」
ルルーシュたちの帰城が遅いことに心配していたマリアンヌは、自身の騎士からの連絡にほっとするものの、その事情にため息を漏らす。
「とにかく早く戻ってきなさい。」

戻ってきたジェレミアからの報告に、マリアンヌは苦笑する。
「まあ。では、スザク君が軍人だという事は、シュナイゼルも知らなかったの。」
「はい。そのようです。殿下の突然の来訪よりも、そちらの方がシュナイゼル様のご機嫌を損ねたようで……皇妃さまは、ご存知でいらしたのですか。」
「いいえ。初耳よ。ナイトオブスリーがどこでそんな情報を得たのか、想像がつくけど……ずいぶんなフライングよねえ。陛下も知らなかったら……」
そこまで言って、マリアンヌは我慢できないとばかりにコロコロ笑い出す。
これは……ナイトオブスリーが今後どのような仕置きを受けるか想像して、身震いするジェレミアだった。

「ええ。そうらしいですよ。」
僕も知りませんでした。
その日の晩餐、昼間の件について触れた母の問いかけに、笑って答えるスザクに、ルルーシュは唖然として食べかけていた鴨のローストをフォークの先からポロリと落とした。
「だ、だってスザク……」
ナイトオブスリーや兄に見せた態度からすると、「知らなかった」とはとても思えない。
「どういう事?」
小首をかしげるマリアンヌを横目に、スザクはルルーシュの疑問に答える代わりにうっそりと笑う。
「僕は、一言だって自分は軍人です。とは、言ってないはずだけど?」
「あっ………!」
スザクの言うとおりだ。自分の前で繰り広げられた兄とスザクのやり取りをつらつら思い返してみると、確かにスザクは自分が軍人であると明言していない。
ルルーシュ本人も、ナイトオブスリーが言ったスザクの階級から軍人であると確信したに過ぎない。
「で、でも。身上書の事は……」
「言葉のとおりだよ。提出した時点は、陸軍士官学校に在籍していたもの。」
スザクは、楽しそうに言う。
「───嵌められたのは、兄上の方か。」
『では。こちらに渡る直前に入隊した…ということか。』
あれは、シュナイゼルお得意の誘導尋問で、それにつられてスザクが頷いたと思ったのだが……
「シュナイゼル様の仰ったとおりかもしれないな。と思ったから。」
ニコニコしているスザクに、ルルーシュは絶句した。
「なんだか良く分からないけど……スザク君がシュナイゼルをやり込めた…ということみたいね。」
傑作だわ。
マリアンヌが、ひときわ高く笑った。

翌日、庭園でティータイムをアリエスの住人らと楽しんでいるスザクの携帯端末がコール音を発した。
発信者を確認したスザクは、人の悪い笑みを浮かべて受信キーを押す。
「はい。」
ことさら平静な声で出れは、電話の主の声は明らかに不機嫌で、少々しわがれているように聞こえた。
『よう。皇子さま。お前、そっちで何やらかしてるんだ。』
いきなり、けんか腰で話しかけてくるのに、目を細める。
「特に何も。父さんの言いつけを守って、日本とブリタニアの親交に励んでいるよ。
それにしても、ずいぶん早い時間から電話かけているね。」
時差を考慮すれば、朝5時過ぎではないだろうか。
『そちらの宰相閣下からのホットラインで起こされたんだよ。
クソ、くだらない内容で!!』
「あー。それはそれは……お気の毒に。」
言葉通りの気持ちなど全く含まれていない、忍び笑いをしながらの応答に、父、枢木ゲンブの声に不機嫌さがさらに募る。
『何もやってなかったら、なんであの若造がキリキリしながら電話寄こしてくるんだ。
皇帝の騎士と模擬戦したそうじゃねえか。タブロイドニュースのトップ飾っておきながら、よくもいけしゃあしゃあと……!」
何もやってないなんて言えるもんだな、おいっ!
端末を持つ手を肩から水平に伸ばしても聞こえるほどの怒鳴声に、ルルーシュやナナリーは唖然とする。
その様子に、スザクは顔をしかめた。
「父さん。少し落ち着いてよ。僕が今ブリタニアの誰と一緒に生活してると思ってるの。
日本国首相の品位が疑われても知らないよ。」
スザクの指摘に、さらに怒鳴ろうとしたゲンブは、ぐっと声を呑み込む。
「それに、僕がやったのは模擬戦なんかじゃなく、ただの手合わせだから。
早朝からたたき起こされたのは気の毒だけどさ、僕の情報を正しく渡してなかったのが原因なんだし……政府だか内閣府だかの手抜かりだろう。」
僕は、いつから陸軍の尉官になったんだよ。
スザクの問いかけに、ゲンブは大きく息を吐いた。
『お前が、ブリタニアに渡った後だ。』
留学が決まった時点で、政府経由で士官学校に枢木スザクの休学を申し入れた。
休学の理由が理由だけに、学校側で軍と協議し、士官候補生のまま休学よりも、軍籍がある方が良いだろうと、卒業及び入隊手続きをしてしまったらしい。
首相であり父親であるゲンブが知ったのは、スザクが日本を去った2週間後であった。
安全保障条約締結までの人質とはなっているが、締結までいけるかも確証がなく、無事帰国できるかもわからない。
軍としては、最高責任者である枢木首相が、自身の後継者である息子を敵国になる可能性も残っている国に差し出すことへの敬意と、政府へ恩を着せることができると考えたのだろう。
「政府と軍で横の連絡が疎かなのは、如何なものですか。首相……」
嘆息交じりの言葉に、ゲンブの顔が引きつる。
『スザク……お前、ずいぶんと言うようになったじゃないか。』
「そう?」
小首を傾げると、シュナイゼルにも同じことを言われたとゲンブに聞かされ、苦虫をかみつぶしたような顔をする。
どっちにしても、軍も余計なことをしてくれたものだとゲンブは嘆息する。
『そもそも、どっかの誰かさんが大人しくしてくれていれば、宰相に知られずに済んだことだが……』
嫌味を言う父親に、スザクはそれはどうかなと答える。
「僕自身さえも知らない、軍での階級。ナイトオブスリーが知っていたんだ。」
その告白に、ゲンブは息を呑む。
「ブリタニアの諜報力は、並外れて優秀という事だね。」
『──そうだな。』
やれやれと、ゲンブは何度目かの嘆息を漏らす。
『例の計画が、条約締結前に知られるのは好ましくない……軍に釘を差し置かねばな。』
「明るみになるのも時間の問題だと思うよ。
それよりも、条約締結を急いだほうがいい。そっちはどうなっているの?」
『参議院では否決された。まあ。これは想定の範囲だ。参議院は刑部の発言力が強力だからな。』
京都六家の1つ刑部家は、枢木家のように首相を何人も輩出してはいないが、自ら運営する政治塾の塾生を多数国会に送り込んでおり、特に参議院において強い発言力を持っている。
刑部家は中華連邦との同盟を画策しており、ブリタニアとの同盟を望んでいる現政府と反発しているのだ。
政治経済でこの国を陰から動かしている財閥間での衝突が、そのまま国会に反映されている。
『衆議院に差し戻されることを想定して、刑部の会派の切り崩しもやってきている。臨時国会も召集済み。ここで、決着をつけるさ。
これで決められなければ、親子共々一巻の終わりだ。』
「勝算……あるんだよね。」
『なければ、お前をブリタニアに送ったりせん。』
力強く言い切る父に、スザクは軽く瞑目すると口の端を吊り上げた。
「信じているよ。
僕も、こっちで後押しするから。」
『そうしてくれ。できれば、ゴシップ紙じゃないものに取り上げられるような活躍を頼む。』
「了解。取りあえずは、経済新聞かな。」
『……大使館から報告は受けている。頑張れよ。』
「うん。じゃあ。」
電話の向こうからの怒鳴り声に、ハラハラしながらスザクの様子を見守っていたルルーシュは、彼が静かに通話を終わらせたことにほっと胸をなでおろした。
それは、マリアンヌやナナリーも同様で、会話の途中で電話に出た非礼を詫びるスザクに、揃って首を振って微笑みかけた。
丁度その時、執事が来客を知らせにきた。
「奥様。シュナイゼル殿下がお見えです。」

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