ニッポンの皇子さま その17

 帝立ボワルセル士官学校内にある体育館から、大きな声が上がる。
 一般施設と比べて巨大なこの建物から外部に漏れるほど声が響くなど極めて稀な事だ。
 前を歩く士官候補生たちは、思わず立ち止まって、建物を見る。
「一体なんだ?」
 首を傾げ、興味にひかれるまま体育館の入り口をくぐると、中は普段からは想像がつかないほどの興奮に包まれていた。
 すでに訓練プログラムの時間は過ぎており、訓練のためにこの体育館にいる者以外の候補生がが大勢いる。
「ナイトオブスリーが外国の皇子とサシで勝負しているんだよ!」
 事情を尋ねると、興奮しきった声で答えが返ってくる。
「こっ皇族と、ナイトオブラウンズが勝負!?」
 ブリタニアの常識では考えられない情報に、彼らもまた、先に集まっている仲間の中に加わるのだった。

「信じられない……」
「皇帝陛下の騎士なんだぞ。」
 取り囲んで観戦している者の中から、驚きの声が漏れる。
「一体何者なんだ。あの、皇子さまは……」
「日本人とは、こんな戦闘能力の高い民族なのか……?」
「───敵にならなくてよかった。」
 本気で安堵の声を漏らす者さえいる。
 彼らが見守る闘技場のマットの上では、ナイトオブスリージノ・ヴァインベルグと、留学中の日本人皇族(ブリタニアではそれで浸透している)枢木スザクが激しい肉弾戦を繰り広げている。
 誰もが初めはナイトオブスリーの質の悪い冗談だと思っていた。
「私と手合わせ願えますか。」
 先般の、ルルーシュ皇子主催の茶会で見事な剣技を披露した事はこの士官学校で学ぶ誰もが耳にしている。
 だが、所詮はたしなみ程度で、第一線で戦う騎士がまともに相手にするような実力でもあるまいと思っていた。
 第11皇子の前で彼の友人をからかうなど、皇帝陛下の騎士としてあるまじき行為だと、批判する者さえいたのだが、ルルーシュに随行してきたマリアンヌ皇妃の騎士ジェレミアが、まさか、率先して勧めるとは誰も思わなかった。
「面白いじゃないか。どうです?枢木卿。」
「僕も、剣術以外の日本武道というものを見てみたい。」
 と、ルルーシュ殿下までもがリクエストする始末。
 唖然とする士官候補生たちを他所に、通常なら非礼に当たるこの申し出に、当のスザクも首を縦に振った。
「僕ごときに相手が務まるか分かりませんが、胸を借りるつもりで……」
 スザクの返事に、ジノがにやりと笑ったのは、ほんの十数分前の事である。

───何が“胸を借りる”だ……!

 日本人特有の「謙遜」という言葉にとんと縁のなかったジノは、目の前の男に毒つく。
 どのような程度かと、少々侮っていたことは否めないが、まさか、これほどとは思わなかった。
 五分ほどの力で相手をすればよいと思っていたが、今や全力でスザクの攻撃を防ぎ、本気で拳をふるっている。
 繰り出されるジノの拳を、スザクがつかんで投げを打てば、中空で体を丸め着地する。
 決めたと思っていたスザクは、技を躱されたことに目を見開き、口の端を吊り上げる。

 二人は、肩で大きく息をしながら対峙した。
 スザクが大きく足を踏み出し跳躍する。その勢いで繰り出された回転蹴りを、ジノは腕を交差させることで防いだ。だが、勢いに押されずるずると場外へと足が滑っていく。片足が外に出る寸前でジノは踏み止まった。
 その姿に、スザクは感嘆する。
 ジノは、攻撃を防いだ両腕がしびれていることに驚愕した。
 互いに決め手を欠いた二人がついに同時に拳を振り上げた。
「そこまでだっ!」
 大人だらけの建物内に不釣り合いな子供の声が響き渡る。それと同時に、二人の間に黒い影が飛び込み双方の拳を受け止める。
 二人の間に飛び込んだのは、果たしてジェレミアであった。
「二人ともここまでだっ。ただの手合わせで、拳をつぶす気か。」
 皇妃の騎士が一喝する。二人は拳を収めると力尽きてその場に座り込んだ。
「ジェレミアっ。スザクは?」
 2階から駆け下りてきたルルーシュが確認する。
「枢木卿にお怪我はございません。
まあ。多少打ち身はあるでしょうが……」
 そう答えて目を細める。
「───まったく……とんでもない皇子さまだ。
まさか、ここまでの実力をお持ちとは…御見それしました。」
 先に立ち上がったジノが、まだ床に座り込んでいるスザクに手を貸し、スザクも笑顔で彼の手を握ると立ち上がった。
「こちらこそ。陛下の騎士である貴方が手加減なしで相手してくださるとは……感謝します。」
 素直に謝辞を言うスザクに、ジノの表情は渋い。
「手を抜ける相手ではなかったからさ───」
 ぼそりとつぶやくと、視線を逸らす。
 が、すぐに表情を変え、にこやかに話しかけた。
「それにしても大したものだ。我々ブリタニアは、この度の条約が無事締結されても、貴国の軍隊を侮ってはいけないと痛感した。」
 ジノの言葉に、スザクは目を瞬かせる。
「日本と同盟を結ぶことで、環太平洋地域の防衛は盤石だ。
そう思いませんか。日本陸軍准尉、枢木スザク殿。」
 にやりと笑いかけてくるナイトオブラウンズに、スザクは一瞬呆けた顔をしたが、すぐに彼に負けない不敵な笑みを返す。
「自分が言うべきことではないが……あなたの考えは間違えではないと思いますよ。ナイトオブスリー。」
 口の端を吊り上げて笑いあう二人に、ルルーシュは目を瞬かせる。

「───スザクが軍人………?」

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