a captive of prince 第20章:対話 - 3/7

 中世期のEUで暗躍したと伝わる義賊「黒いチューリップ」をモチーフにしたフルフェイスの仮面がゆっくりと外される。
 あらわとなった首筋から、さらりと一筋の黒髪が零れ落ちるのを、「黒衣の怪人」の隣に座る皇神楽耶は呆然とした面持ちで見つめていた。
 その有様にスザクの表情は、待ち望んでいたこととはいえ、彼女が受けるであろう心痛を思うと、自然と暗くなっていく。

 仮面の下から現れた白皙と紫紺の瞳、母親譲りの黒髪を持つ青年の精悍な顔に、その場の誰もが息をのんだ。
「ルルーシュっ!」
 ガタンと大きな音を立てまっ先に立ち上がったのは、彼にとって最も意外な人物であった。
「あ…ああ……っ。」
 言葉にならない声とともに自分の元へ駆け寄ってくるその人物に、ルルーシュも反射的に席から立ち上がる。
 その人物は、わずか数メートルの距離ではあるが、よほど気が急いているのであろう。足をもつれさせ、彼の足元に跪くような姿勢で倒れこんだ。 
 その姿は大国の皇子が見せるにはあまりにも無様で、思わず
「大丈夫ですか?」
と声をかけてしまう。
 ルルーシュのその声をきっかけとするかのように、彼の人物の瞳からボロボロと大粒の涙が零れ落ちた。
「よく……よくぞ生きていてくれたっ。こうしてまた、会えるとは……っ。」
 あとは声にならず、その姿を呆然と見るルルーシュの左手を、自らの両手で握って嗚咽を漏らすのは、第一皇子であるオデュッセウスであった。
 皇位継承権第一位のこの人物が、こんなにも取り乱す姿を見るのは、ルルーシュはもちろん彼と皇位を争う立場にあるシュナイゼルやスザクも初めての事だった。
 室内は、彼の泣き声が聞こえるだけの静寂が支配していた。
 しかし、それも数瞬の事であった。

 その静寂を破るように、少女の怒声が室内に響き渡ったのだ。
「その手をお放しなさいっ!!」
 オデュッセウス同様に大きな音を立てて椅子から立ち上がったのは、ゼロの妻を自称する皇神楽耶であった。
 神楽耶は、声に反応して顔を上げる彼と、ゼロの間に割って入ると、両手を開いて立ち塞がるようにして、ブリタニアの皇子を遠ざける。
「私の夫に、馴れ馴れしくしないで下さいません!?」
「──神楽耶……」
 彼女の剣幕に、誰もが息をのみ表情を硬くする。
「貴方方が、この方にこれまでどれほどの非道をなさって来たのか、忘れたとは言わせませんわっ!」
 そう啖呵を切ると、「日本」を象徴する少女は、自分達を取り囲むようにいる「敵国」の貴族・皇族を睨みつける。

 スザクは、その時初めて自分の従妹が「当事者」であることを察し、自分の考えの浅はかさを恥じるのだった。

「貴方方が、この方にこれまでどれほどの非道をなさって来たのか、忘れたとは言わせませんわっ!」
 少女の、凛とした声が室内に響く。
 その場にいた誰もが、声を失った。ルルーシュの手を握ったままだったオデュッセウスは、名残惜しそうに手をゆるゆると放し、ゆっくり体を起こすと数歩彼の弟から離れ、睨みつけてくる翡翠の瞳を持つ少女に、申し訳そうな顔をする。
「神楽耶殿……申し訳ない。このような場で取り乱してしまった。」
 殊勝な態度の第一皇子に、神楽耶も表情を和らげ、小さくほほ笑む。
「いいえ。私の方こそ、声を荒げてしまって……はしたない真似をいたしました。」
 二人がそれぞれの席に戻ったのを確認すると、スザクは従妹に向かって話しかける。
「神楽耶……いつから……」
「はい?」
 スザクの問いかけに小首をかしげる彼女に向って、言葉を続ける。
「いつから知っていたんだい?
───ゼロが……」
「ブリタニアのルルーシュ殿下であることを…ですか。」
 スザクの問いかけを予測していたかのような口ぶりに、口元をゆがめながら小さくうなずく。
 神楽耶は、自分の前に座る皇族たちの顔を一人一人確認するかのように見ると小さく息を吸い込み、先ほどと変わらぬ鋭い視線を彼らに向けるのだった。
「同じことを私も伺いたいですわ。皆様は、いつから帝国の敵がご自分の兄弟であることをご存じだったのです?」
 剣のある響きの問いかけに、3人の兄弟は一様に表情を強張らせる。
「───キュウシュウの澤崎の事件後……一番初めにゼロがルルーシュだと気づいたのはユーフェミアだった……」
 スザクの答えに、神楽耶の表情が強張る。
「あの、虐殺皇女……!分かっていたからこそ、黒の騎士団に行政特区日本の参加を呼び掛けたのですね。ゼロを…ルルーシュさまを殺すために。」
「それは、違う!」
 二人の人物が同時に声を上げた。
 自分の正面ばかりか隣からも同じ言葉が発せられたことに、神楽耶は驚愕して声の主を見つめる。
「何が違うとおっしゃるのです?二人きりになった後、あの皇女は日本人の虐殺を指示したではありませんか。それはすなわち、ゼロの暗殺に失敗したからということでしょう。」
「それは違うんだ、神楽耶殿。
あれは──あの言葉は……彼女の本心ではない。全て、俺の……」
 言いよどむルルーシュに、神楽耶は困惑の表情で彼の次の言葉を待っている。その様子に、ブリタニア側から嘆息がもれた。
「ああ……」
 シュナイゼルは小さく息を漏らすと納得いったという表情を浮かべる。
「皇さん。あなたがゼロの正体を知ったのはつい最近なのですね。
いや……もしかしたら、ここに来る直前にルルーシュから聞かされたばかり……か。」
 独り言のような問いかけに、神楽耶は相変わらず厳し表情でシュナイゼルを見るのだった。
「ええ。おっしゃる通りですわ。
私が、ゼロさまとルルーシュさまが同一人物であると知らされたのはほんの数時間前の事です。
そして、その時ゼロさまのブリタニアへの怒りが本物であることを確信しました。
何の……誰のための反逆であるのかも得心いたしましたわ。」
 神楽耶は胸にこみあげる怒りを隠さずに、オデュッセウスとシュナイゼルを睨みつける。
 彼女の怒りを正面から受け止めるシュナイゼルの表情は、いつもと変わらぬアルカイックな微笑みが浮かんでいた。

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