延々と続く荒野……永久凍土のこの地でも、春の足音が聞こえる頃になれば、肥沃な土地ほどでないにしろ緑が芽吹き、生命の息吹を感じる事が出来るはずである。
しかし、長年にわたるブリタニアとの戦闘で、ここは草木も生えぬ石と土ばかりになってしまった。耕作可能な土地を開拓して細々と生活していた人々はなけなしの土地を諦め、新たな生活の場を求めて離れて行った。
かつて集落があった場所は、テロリストなど反抗勢力の拠点となる事を防ぐため、ブリタニア軍によって全て破壊、焼却処分する事が決まっている。
破壊され、煙をくすぶらせて放置されているナイトメアや戦車などの残骸が、ここが戦場であった事を物語っている。
上空に、ナイトメアを中心とした編隊がやって来る。
フロートシステムを導入している白に金をあしらった機体とサーモンピンクの2機を先頭に、サザーランドやグースターを運ぶ輸送機である。
白いナイトメア、ランスロットコンクエスタとナイトオブシックスの専用機モルドレッドが地上に降り立った。
他の機体は、上空に待機している。
コクピットからパイロットが降りてくる。ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイムと“ブリタニアの死神”と畏怖される皇子スザク・エル・ブリタニアである。
パイロットスーツではなく、黒を基調とした軍服を身に着けた彼を、もしもあのナイトメアの残骸の中で生き長らえた兵士が見たなら、死神……地獄からの使者と恐怖するだろう。
彼が降り立った途端周りの空気が凍える……そんな冴え冴えとした威圧感が今のスザクにはある。
だが、その表情は意外にも儚く、瞳には死者を悼む哀れみも現れている。
2人の手には抱えるほど大きな白い塊……正確には白い花々で造られた花束があった。
白百合を中心としたその花束を、残骸に手向け黙礼する。
戦闘が終結すると必ず戦場跡に赴き、死者に花束と礼を捧げるのがスザクの習慣だ。今回は戦地が広範囲だったため、この地が5カ所目になる。が、ここで最後だ。
スザクは、両の掌を合わせると深々と頭を下げた。
「行こうか。」
顔を上げ、後ろで控えるアーニャに声をかける。
彼女は無言で頷くとスザクに従って歩きながら、インカムで指示を出す。
「始めて。」
『イエス マイ ロード。』
『アールストレイム卿。生存者の確認をしなくても良いのですか。』
「必要ない。ここに今まで放置されているという事は、味方に見捨てられたと言うこと。そんなものを拾ってやる義理はない。」
辛辣な物言いに、通信相手が息を呑んだ。
「後方に見える村には一応警告してから焼いて。猶予は30分。それ以上は待たない。
残っている者は例え民間人でも殺しなさい。反乱分子を抱える事になる。」
『イ…イエス マイ ロード。』
スザクとアーニャは、後を任せると本陣への帰還の途についた。
ランスロットのモニターで、後方に燃え上がる炎へ嘆息する。
アーニャが通信を繋げてきた。
「なんだい？」
幼なじみの顔で問いかければ、アーニャも柔らかな笑みを浮かべる。
『アヴァロンに戻る前に、寄り道してもいい？』
「うん？」
『スザクに見せたいものがあるの。』
「見せたいもの？」
『ええ。見て確認してもらいたいの……』
「いいけど……」
釈然としないまま了承する。
その返事にアーニャの目が細められる。
『ありがとう。』
彼女の赤い瞳がさらに赤く煌めいたように見えた。
荒涼とした大地…その上空を2機のナイトメアが航行する。
地上を見下ろし、スザクは徐々に不安を覚えていた。
先を行くモルドレッドを追う形でランスロットを操るが、その行く先は未だ明らかにされていない。
何故か、良くない所へ連れて行かれているという気がしてならない。きっとこの光景のせいだ。何もない岩と砂だけの大地……この先に何があるというのか。
「アーニャ。一体どこまで………」
『もうすぐ着くわ。………あそこよ。』
彼女の指摘した場所を見る。大きな岩盤が積み上がったような岩山がそこにあった。
山の頂上は平らで、まるで巨大なテーブルの様に見える。
それを見た途端、スザクの中で警鐘が鳴った。
─── あそこに近づいてはいけない ───
行けば何か悪い事が……恐ろしいことが起きる。
根拠はない。この胸の内に湧き上がる恐怖心が、根拠と言えば根拠であろう。
岩山にぽっかりと空いた横穴。その前にモルドレッドは降り立つ。
それに続くように降下したランスロットではあるが、アーニャが大地に降りても、スザクは降りようとしなかった。
「スザク。降りてきて。」
『アーニャ……ここは一体……』
「よく解らない岩山。この奥に見せたいものがあるの。だから………」
『………わかった………』
渋々という様子でスザクが降りてくる。その表情は強ばっていた。
アーニャの先導で洞窟に入る。ナイトメアに搭載されたライトに照らし出されたその先にそり立つ岩盤。
それを見てスザクは驚愕する。扉のようなそれに描かれた幾何学模様………
「あ…あああ………」
肌が粟立つ……冷や汗が一気に吹き出すのが分かった。
「スザク、これなの……以前見た事が……？」
「あ…ああ。神根島の遺跡と同じものだ。」
「やっぱり……ここもそうだったのね。だからシャルルが………」
アーニャはほくそ笑むと目の前の岩盤に手を触れた。
「だっ駄目だっ！」
戦慄して叫ぶスザクに、少女は何の表情も見せずゆっくりと振り返る。
「───どうしたの？」
「それに触れちゃいけない。扉が開いたらっ………」
「扉？ただの岩でしょう。ずいぶん大きいけれど………」
並んで立つように見えるその継ぎ目に当たる場所に両手を置き、まるで扉を押し開けるような仕草する彼女を、悲鳴にも似た叫びとともに引き離す。
アーニャを後ろから抱き込む形になった。
「スザク？」
自分の前に回された手が震えている。
後ろを見たアーニャは、彼の表情に目を見張った。
青ざめ冷や汗をたらすその顔は、明らかに恐怖している。
「どうしたの。大丈夫？」
「あ…ああ。………アーニャ。あれに触れてはいけない……もしもあの扉が開いたら……」
「どうなるの？」
問いかけに目を見開き困惑する。
「───解らない………でも、とてつもなく恐ろしいことが起きる。そんな気がしてならないんだ。……そう、例えば……人が人でなくなってしまうような………」
「人が人でなくなる………？」
「ごめん。とにかく、ここから離れよう。正直、怖くてたまらないんだ。」
普段の彼からは想像もつかない怯えように、アーニャは息を呑んで頷く。そして、震えるスザクの体を両手でしっかりと抱えた。
「大丈夫よ。何も怖いものなどない……でも、ごめんなさい。
貴方を、こんなに怖がらせるつもりじゃなかったの。」
そうして、支えるようにして外に出る。
その場にへたり込んでしまったスザクを介抱しながら、アーニャは内心穏やかではなかった。
スザクのこの怯えよう、ただ事ではない……とてつもない恐怖心とトラウマ………
スザクの身に何が起きたのか……アーニャは爪を噛んだ。
岩に腰を下ろしている2人に、上空から巨大な影が差す。
それを見上げ、アーニャはため息をついた。
ここより数km先の上空に見えるログレス級浮遊航空艦。そこから発艦したのであろう輸送機がゆっくり降下してくる
「───スザク。お迎えだわ。」
呼びかけに、スザクはゆるゆると顔をあげる。
砂埃を巻き上げ着陸した輸送機のハッチが開かれ、数人の人物が2人に向って歩いてくる。
彼らは軍人ではなく、宗教がかった装束を身に纏い、頭からすっぽりとフードをかぶって素顔すら確認できぬ異様な人物達である。
「スザク殿下。この度の戦勝おめでとうございます。特務部よりお迎えに上がりました。」
深々と頭を下げる彼らに、スザクはゆっくりと立ち上がる。
その態度は威厳に溢れ、先ほどまでの怯えは微塵も感じさせない。
「迎えご苦労。」
「陛下におかれましては、この白ロシアでの勝利は何ものにも勝ると、大変なお喜びで、殿下の値千金のお働きを祝して宴を催される由。早のご帰還を心待ちにしておられます。」
「解った。こうして、ここまで来てくれたんだ。本陣には戻らず、このまま帰還しよう。
ナイトオブシックス。後は任せてもいいかな。」
「イエス ユア ハイネス。
ナイトオブテンに連絡し、護衛のために合流するよう伝えます。」
「よろしく頼む。」
車両によって運搬されて行くランスロットと共にスザクは輸送機に乗り込んで行った。
「ねえ。」
皇帝より派遣された男の一人に、アーニャが声をかける。
「スザクに、何か…した？」
彼女の問いかけに、男は鷹揚に答える。
「いいえ。私達は何も………」
「そう……」
では、シャルルかV.V.の仕業。もしくは、2人がかり。
「そうやって、人の心や記憶を弄んで駒にしていくのね………」
あなた達は………っ！
赤い瞳が細められる。
飛び去って行く機影を見送り、彼女もまた、愛機に飛び乗った。
モルドレッドを操縦しながら、誰かに話しかける。
通信機のスイッチはオフのままだ。
「お願いがあるの。協力して。───このままじゃ、スザクが可哀想。
───そう。もう手は打ってあるの……さすがね。
ええ、勿論、あなたの共犯者を救う手だても協力は惜しまないわ。
当然でしょう。私は、母親なんだから。」
赤い瞳を煌めかせて、少女は笑った。
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