a captive of prince 第1章:シンジュク事変 - 4/4

スザクの部屋には、様々な調度品が置かれている。
全て、クロヴィスの見立てで揃えられたそれらは、日本の美術品である。
きっと、配置も彼が指示したのだろう、それらをひとつひとつ見ては、愛おしむように笑みを浮かべる。
絵画、陶芸、工芸、織物……
「まるで、美術館だ…」
本来なら、これらは跡形も無く処分されている品々だ。
ブリタニアは、領国となったエリアの文化は全て認めない。
だが、クロヴィスは敢えて保護した。
「美しいものは、残すべきである。」
芸術を愛するクロヴィスらしい。そうやって集めさせた物の一部を、ここに飾ってくれている。
ただ、スザクの慰めになればとの思いからなのだろう。
そんな兄の優しさに感謝していたスザクの目が、一つの絵画に止まった。
魅せられた様に見入っていると、ドアをノックする音が響き、スザクの意識を現実に戻させる。
「はい?」
スザクの応答に、ドアの外の人物が名乗りを上げる。
「殿下。ジェレミア・ゴットバルトでございます。」
「どうぞ。入ってきてください。」
スザクは、そのままの体勢で訪問者を招いた。
「失礼します。」
きびきびとした動きで入ってくるその男に、静かに語りかける。
「代理執政の辞令が下りたそうですね。次の総督が赴任するまでの間ですが、このエリアの事をよろしくお願いします。」
「はっ。もったいなきお言葉。
このジェレミア・ゴットバルト、身命を賭してエリアの安寧に尽くさせて頂きます。」
「ありがとう。」
そう微笑むスザクに、ジェレミアは言葉を続ける。
「私ごときを推挙して頂いたと伺いました。大変な誉れだと、感謝しております。」
再び頭を下げるジェレミアに、スザクは少し困ったような表情を浮かべた。
「こちらに来て間もなかったものですから、特派のロイド伯爵に助言を求めたのです。
彼は、今一番実力がある人物は、貴方だろうと教えてくれました。」
「ロイドが……。」
自分を推した人物が、学生時代より相性の悪いマッドサイエンストだと知り、ジェレミアは複雑な顔をした。
「それに。貴方とは一度お会いした事があります。」
困惑していたジェレミアであるが、スザクの言葉にはっとした。
「覚えて…いて下さったのですか。」
驚きと歓喜で見開かれた瞳の中で、スザクが頷く。
「もう7年も前の事ですが、よく覚えています。アリエスの庭園でしたね。」
「はい。お目にかかったとき、殿下は大変うちひしがれておいでで……
思わず声をかけてしまいました。」
「訳も解らずエル家に引き取られ、どうして良いのか解らなかったのです。
人伝で、あそこがルルーシュとナナリーの生家だと聞いて庭に入ってしまい…
恥ずかしい所をお目にかけました。」
少し照れた表情のスザクに、ジェレミアは、とんでもないと頭を振った。
今も鮮やかに思い出される。色とりどりの花園にぽつんと一人、膝を抱えて佇む小さな子ども……
声をかけた彼を振り仰いだその瞳は涙に濡れ、エメラルドの様に輝いていた。
「私が敬愛する皇妃様の居城です。あの悲劇を忘れない様に、繰り返さない様にと、自分への戒めのために日参しておりました。」
「そうだったのですか。貴方も、マリアンヌ皇妃を…
本当に、たくさんの人に愛されていたのですね。ルルーシュとナナリーのお母さんは。」
「騎士として、私の憧れの方でした。
あの日、私も警備担当だったのです。ですが、お守りする事は出来なかった。
今回、クロヴィス殿下までも…私は、自分の役割を果たせなかった事が一番悔しいのです。」
「僕もです。側に居ながら、みすみす兄上を殺させてしまった。」
スザクの両の拳が固く握られる。ジェレミアは、それを痛々しい思いで見ていた。
すると、その手が開かれ
「ジェレミア卿。これがなんの絵か解りますか?」
と、目の前の絵画を指し示した。
それは、赤く染め上げられた山の絵だった。
「これは…?」
「今は、サクラダイトの採掘プラントのおかげで見る影もありませんが、かつての富士山を描いたものです。
こんな風に、夕日に赤く染まった姿を『赤富士』と呼んで、多くの画家が描いています。」
「確かに美しい山ですね。」
「春は霞。夏は新緑。秋には紅葉。そして冬は雪……四季折々、美しい姿を見せてくれる山だと聞いて育ちました。
その話をするとクロヴィス兄上はとても喜ばれて、その姿を残したものが必ずあるはずだから探し出すと言われてました。これもその1つなのでしょう。
「そうですか…殿下は、芸術をこよなく愛する方でした。」
「ええ…芸術や美術を愛する、心優しい人でした。政治に不向きな性格のあの方が、このエリアの総督を志願されたのは、僕のためだそうです。」
「殿下の?」
「かつての日本の美しいものを残し守り、いつか僕が総督となってこの地に戻ってきた時に『美しい日本』を引き渡すのだと言ってくれていました。
美術や芸術だけじゃない。イレヴンの心の拠り所でもある寺社仏閣も手厚く保護して下さった。
それが”日本人”にとって、どれだけ救いになった事か……
あの方は、決して暴力によって命を奪われていい人ではなかった。」
スザクの言葉に、ジェレミアも強く頷く。
「ジェレミア卿。僕は、もうこの地で多くの血を流したくない。
ここに住む人が心安らかに過ごせる様にしたいのです。協力して下さいますか。」
そう問いかけるスザクに、ジェレミアは、皇族に対する礼で答えた。
「はっ。ジェレミア・ゴットバルト、殿下のお心に沿えますよう、全力でこのエリアに尽くしてまいります。」
力強い言葉に、スザクは重ねて礼を言うのだった。

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