a captive of prince 第1章:シンジュク事変 - 1/4

皇暦2017年。エリア11。
トウキョウ租界。

整然と車が流れる様に走る広いハイウエイを、1台の黒塗りの車が悠然と走っていく。
「殿下。」
助手席からスピーカ越しに呼ばれた青年は、読んでいた書類から顔を上げる。
青年というにはまだ幼さが残る面差しはむしろ少年のようで、ふわふわと癖のある茶色の髪は、車窓から差し込む光を受けて亜麻色に輝いている。
童顔を決定づけている深い緑の大きな瞳を、声の主に向けた。
「どうした?」
声をかけた黒い背広の男は、呼びかけに振り返る事無く、連絡事項のみを伝えて来る。
「政庁よりの連絡です。シンジュクで大掛かりなテロ討伐作戦を展開するため、周辺の交通を閉鎖するそうです。
殿下におかれましては、このまま専用車線より政庁にお越し下さい。との事です。」
「シンジュクでテロ討伐?事前の報告では、そんな作戦は聞いていないが。」
「テロリストが軍施設に侵入。機密を強奪して逃走したそうです。」
「テロリストに、機密を奪われた!?奪われたものはなんだ。」
「毒ガス兵器だと報告が……しかし、総督の親衛隊も動いているという情報もあります。」
「───第一級の機密を奪われた…と言う事か…
車を止めてくれ。」
「はっ?」
青年の言葉に、黒ずくめの男も振り向かずにはいられなかったらしい。
冷静沈着を要求される職務ではあるが、動揺を抑える事は出来なった。
青年は、呼びかけに応じて運転者が車を止めると、自らドアを開けて出て行ってしまう。
「で、殿下!」
「大丈夫。すぐ戻るよ。状況を確認したいだけだ。」
そう答える彼の頭上を、何台ものV-TORやナイトメアフレームを積んだ輸送機が、シンジュクゲットーに向けて飛び去っていく。
ゲットーでは、既に戦闘が起きているらしく、爆音や黒い煙が立ちこめているのが見て取れた。
「一体…何が起きているんだ……」
青年スザクは、変わり果てた祖国に憂う暇も無く、戦火に身を置く事になる。

「特派につないでくれ。」
ほどなくして、車内に設置されたモニターに懇意にしている科学者の姿が現れる。
「スザクく~ん。」
相変わらずの口調に顔がほころぶが、スザクの周りの人間は渋面である。
「こら。ロイド。殿下に対し、なんという言葉遣いだ!」
強面の叱責も意に介した様子も無く、ロイドは、スザクにまくしたてる。
「待ってたんだよぉ。早く早く、こっちに来てぇ~。
そして、クロヴィス殿下に出撃許可取って!実践データを採る千載一遇のチャンスなんだから!!」
「お久しぶりです。ロイドさん。
勿論出撃のお願いはしますけど、戦況はどうなっているんですか。」
「え─。解んないよぉ。今、ゲットーの入り口までは来てるけど、殿下のG-1のすぐ側だから状況なんてここからじゃ見えないしぃ……」
「ゲットーの入り口?クロヴィス総督が、G-1で出陣しているんですか。」
要領を得ないロイドの答えに、スザクが質問を浴びせかけると、
「ロイドさん。ちょっとどいて下さい!!」
と、怒気を孕んだ声とともにロイドが画面から追いやられ、代わりに一見柔和な印象の女性が現れた。
「スザク殿下。お久しぶりです。セシル・クルーミーです。」
「セシルさん。お久しぶりです。あいかわらず大変そうですね。」
「恐れ入ります。」
セシルは、スザクの同情めいた言葉に頬を赤らめながら会釈すると、知りたい事を的確に伝えてくれた。
「現在我が軍は、クロヴィス総督指揮の元、シンジュクゲットーの壊滅作戦を展開中です。」
「ゲットーの壊滅?」
「はい。先に入った部隊が、奪われた機密の回収に失敗したようで……」
少し言いずらそうにしているセシルに、先を続けるよう促す。
「現在、空挺団、陸戦部隊及びナイトメア部隊を投入。
テロリストの殲滅と、協力者の一掃を作戦としています。」
「テロリストの人数は。」
「正確には把握していませんが、十数名かと…」
「たかだか十数人のテロリストに、これだけの規模の戦力を投入しているのですか。」
「敵は、輸送中のナイトメアを奪って応戦してきています。
少数でも精鋭ぞろいなのか。それとも、指揮官がよほど優秀なのか……っ!」
報告中のセシルの表情に、明らかな驚きの色が現れる。
「セシルさん?」
「今、ナイトメア2個中隊…全滅しました。」
彼女の言葉に、車内が、緊張と恐怖に包まれる。
「──すぐ、そちらに行きます。
G-1ベースのクロヴィス総督に、ロイヤルプライベートを…!」
「イエス・ユア・ハイネス。」
セシルとつながっていた回線が切られ、代わりに金髪碧眼の美青年が画面に映し出された。
「お久しぶりです。クロヴィス兄さん。」
「スザク!そうか、今日来る予定だったな。
済まない。歓迎の準備もできてないのだよ。」
「いいえ。なかなか賑やかな歓迎を受けたと思っていますよ。
シンジュクゲットーを壊滅するとか……?」
「うむ。質の悪い連中が逃げ込んでしまってね。
ここに住むイレヴンは、大変貴重な労働力であるのだが、テロに加担してしまった以上し方がないのだよ。」
済まなそうに、だが、言い聞かせる様に話しかけるクロヴィスに、スザクも頷くが素直にいう事を聞くつもりは無い。
「聞けば、敵は十数名程度だとか。」
「ああ。人数は少ないが、なかなか手強い連中でね。少々手間取ってはいるが……」
「総督に、提案とお願いがあります。嚮導兵器Z-01の出撃を許可頂けませんか。
このテログループの指揮官を捕らえてみせます。頭を抑えてしまえば、テロリストなど所詮は烏合の衆。
勝敗は、すぐにつくかと……」
「ロイドが作っている、あのおもちゃを動かすというのか?」
「おもちゃじゃありませんよ。『ランスロット』です。
れっきとした兵器ですよ。僕にしか乗りこなせないね。」
「──良いだろう。許可しよう。だが、必ず指揮官をつぶすのだぞ。」
「はい。必ず。成功した暁には、ゲットー壊滅は止めて頂けませんか。」
「そうだな。可愛い弟の祖国の民を、無為に殺すのは忍びない。約束しよう。」
「ありがとうございます。
「戦果を楽しみにしているよ。大佐。」
「はっ。必ずや朗報をお届けします。」
真っ黒になったモニターに小さく息を吐くと、スザクは次の指示を出した。
「特派に合流する。シンジュクゲットーに急行してくれ。」
「イエス・ユア・ハイネス。」
車はスピ-度を上げ、VIP専用に造られたトンネルを抜けると、一路シンジュクへと走り去った。

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